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Märchen Funeral

Märchen Funeral


――それは、とっても不思議な体験でした。


 大晦日を過ぎて暫くした一月の事です。あたし、堂崎(どうざき)美和子(みわこ)は動物園に出掛けていました。
 子供の頃から動物が好きで、小学生の時には『動物博士になる』とか言っていて事もあります。中学生になった今は将来の事を真面目に考えて、シートンさんの様な博物学者になりたいと思う様になりました。
 ですが、あたしの家ではお母さんが動物嫌いで家ではペット禁止です。お父さんにも頼んでみましたが、やっぱりお母さんに敵わなかったらしくて駄目でした。よく考えてみたら、お父さんとお母さんに動物園に連れて行ってもらった時も、お母さんだけ遠くからあたし達を見ていた様な気がします。
 少し気になって調べてみたら、高所恐怖症みたいに動物恐怖症というものがあるみたいでした。きっとお母さんは昔に動物に嫌な思い出があるんだと思います。考えてみると、お買い物に行って道で野良の猫に会った時、お母さんはあたしの手を取って物凄い勢いで走り出したので多分原因は猫。
 可愛いのに。
 そういう訳で、中学生になって行ける場所が増えたあたしは定期的に一人で動物園に行く様になりました。
 お年玉を貰えて、お小遣いに余裕がある今回は少し遠出して、前から行きたいと思っていた大きな動物園に朝から行く準備をしていました。一人で知らない場所に行く不安と、色々な動物に会えるからと、前の日の夜は中々眠れませんでした。
 それが駄目だったんです。
「君、終点だよ」
「ふぇっ?」
 見事に寝過ごしました。
「え、えと、その」
 慌てて周りを見ると、電車の中にはあたしの他にはもう誰も居なくて、駅の名前も知らないものになってました。
「この電車回送になっちゃうからね、一旦降りてもらっていいかな」
「あ、あぁ、そ、その済みませんっ」
 困惑した表情であたしを見る駅員さんに、急に恥ずかしさが込み上げて来て、あたしは顔を真っ赤にしながら電車を降りました。
 兎に角恥ずかしさで駅員さんから離れたくて、事情が判る人の目があるのも恥ずかしくて、その目が届かないところまでホームを早歩きで移動しました。泣きそうで、少しパニックです。
 ホームを大分動くと、ベンチがあったのであたしは思わず座り込みました。零れそうになっていた涙を拭うと落ち着いて、今自分が何処に居るのか、駅を確認するぐらいの余裕が出来ました。
「えっと……」
 行こうと思っていた駅はあたしの駅と終点の駅の中間。一時間で着く予定だったから、単純に考えて一時間も電車で寝ていた事になります。
「もうお昼だ……」
 今から戻っても一時間掛かるし、そこから更にバスにも乗るから着く頃には午後二時前になっちゃう……それだと、一日で動物園を全部見て回れないし、そもそも普通に見て回るにも楽しめない……。
 ところで、あたしの動物園の回り方は他の人とは違うそうです。一つの場所を見るのに、何十分も掛けないとか――あたしにはそっちの方がよっぽど不思議です。
 なのであたしは、今から動物園に向かって中途半端になるのも嫌でしたし、かと言って家に帰るのも何だか悔しいので嫌でした。
 そこで出した結論は一つでした。
「うん、野良猫探ししよう」
 猫大好きなんです。
 折角なのであたしは、地元以外の野良猫に逢って、この失敗を取り戻す事にしました。地元の猫達とはもう皆友達なので、この機会に新しい輪を広げるのもいい事だと思います。
 見知らぬ土地で交流を深めるのって、何だかちょっとインターナショナルな気分です。
 そうと決まれば話は早く、あたしは早速改札を出ました。

 野良猫が居る場所は、何処でも似た様なものです。
 人通りが少なくて、それでいて人が居る様な場所――つまり、駐車場や公園、高架下、場合によっては民家やマンションの隙間です。ゴミ捨て場とかは餌場になる事が多いですし、公園で餌をあげている人も居ます。ただ、無責任に餌を与えるだけで、その地域の猫の事を考えていない人が大半なのが問題だそうです。
 そう言った事を解決する為に、地域で出来る限りを野良猫を管理しようという活動もあって、そうやって管理されている猫は『地域猫』と呼ぶそうです。
 餌場が無い場合でも、猫は基本的には肉食で繁華街の裏に出るネズミや例の黒い虫も食べるので、やっぱり最終的には人気の裏に住んでいる事が多いです。
 ちょうど駅は高架線にあったので、改札を出てすぐにあたしは高架沿いに歩き始めました。
 少し歩くと駐輪場がありました。今の時間帯だと、駐輪場の様な場所は殆ど人は来ない筈です。野良猫達が居る条件としてはぴったりだったので、あたしはそこで猫を探し始めました。沢山の自転車がある中で、ちらほらと猫が陰に隠れてこちらを見ているのが判ります。
 猫は基本的に自由気儘という印象が持たれていますが、それは同じ様に人に飼われる事が多い犬と比べているからだそうです。犬は社会性を持っていて飼い主に従う習性があるのに、猫は自分のテリトリーの中を歩き回るというところが、そういうイメージの原因なんだと思います。
 それと、犬と違って猫の習性は余り知られてない事があるから、気分屋と思われがちですが、それは正しくはありません。
 例えば、猫は目を合わせると警戒するので、犬の様に顔を見ながらじゃれるのは良くないです。だから、逆に視線を逸らしたり目を瞑ってあげる方が安心します。
 と言う事で、
「にゃー」
 実践です。
 近くに居た三毛猫に目線を合わせる様にしゃがんで、目を閉じたりして少し遠くから声掛け。人にそれなりに慣れている子だったら、これで警戒心を解ける筈です。
「…………」
 中々近付いてくれません。
 ですがあたしは諦めません。何故ならこういう時の為に動物用のビスケットは常備しています。鞄から取り出して、小さく砕いて投げてあげればきっとこっちに興味を持ってくれます!
「ほら、ビスケットだよー」
 ぽいっと投げてあげると、少し興味を持ってくれたらしく、こっちを窺ってきます。ですが、三毛猫はまだ警戒しているらしく、こっちに近付いてくれません。
「むぅ……」
 安心させる為に、ちょっと視線を外してみよう……。
 わざと遠くを見る様にしてあげると、ゆっくりと近付いて来てくれました。少し歩いてまたこっちを見てきますが、気にしない様にして目線は戻しません。それを繰り返している内に、ビスケットを齧り始めてくれました。
 少ない量で、あっという間に食べてしまったので、またビスケットを投げてあげると、それも食べてくれました。
 ……そろそろ平気かな。
 ある程度警戒しなくなってきたと思うので、もう我慢の限界も来ていたので、撫でてあげようと手を伸ばしてみました。
 ですが、そんな事は無かったらしく、
「あ」
 一目散に離れてしまいました。
「うー……」
 流石にそんなに甘くなかったみたいです。一定の距離を取ってこっちを見つめて、そのまま動きません。
 失敗しちゃった……。
 どうやらもう、仲良くなる事は出来そうにないので、残念ですが場所を変える事にします。
「きゃっ」
 立ち上がって駐輪場を出ようとして、あたしは思わず声をあげてしまいました。いつの間にか、近くの自転車のサドルに黒猫が居たからです。
「…………」
 あたしが驚いて声を出したのに、その黒猫は特に驚きもせずにそこでじっとあたしを見て来ます。普通だったらあっという間に逃げちゃうのに……。
 黒猫はどうやら飼い猫らしく、首輪を付けていました。赤くて綺麗な、宝石でしょうか、高そうな石が付いています。真っ黒で艶のある綺麗な毛並みに、金色の眼をしています――確か、金眼の黒猫は珍しくて、ボンベイ種が大半だった気がします。
 人に慣れている子なのかなぁ……。
『お前、堂崎美和子だろ?』
 じっと黒猫と睨めっこしていると、突然声を掛けられました。辺りを見回しますが、誰も居ません。
「えっ、だ、誰?」
『あたしだあたし。お前の目の前に居る猫だ』
 言われて、黒猫にばっと向き直ると、何処か面倒臭そうに、その子はにゃーと鳴きました。
「えっ……」
 猫?
 猫があたしに?
 猫があたしに話し掛けてる?
 それはつまり――
「も、もしかしてあたしもドリトル先生みたいに動物の声が、き、聞ける様に?!」
『違う』
 ばっさりです。何か手厳しいです。
「うぅ……じゃあ何であたしに黒猫さんの声が聞けるんですか」
『あたしはそういうものなんだよ』
「あぁ、そういうものなんですね」
 だったら仕方ありません。
『それで納得するのか……』
「? 違うんですか?」
『いや、いい。それでいいよ』
 黒猫さんは何故かジト目でこちらを見てきました。猫の奥深い味のある表情です。可愛い。猫じゃらしで喜んでくれるかな。鞄から取り出して試してみよう。
『で、だ。あたしはちょっとお前の案内役を頼まれて……るんだ』
 あ、反応した。
『だからもしも良かったら――あたしに付いて来て……くれ』
 やっぱり喋れても猫です。ちょいちょいと猫じゃらしの方に目が行っています。
『ここから少し歩く事になるけど――』
 ちょいちょい。あ、前脚動いた。
『どうせ暇……。暇だったんだろ?』
 ちょいちょいちょいちょいちょい。
 ちょいちょいちょいちょいちょい。
『いい加減にしろ!』
「えぅ?! ご、ごめんなさい!」
『仕舞え! それを仕舞え! 今すぐ!! あたしの話をちゃんと訊いてたのか?!』
「は、はい! えと、黒猫さんは誰かに頼まれてあたしを何処かに案内する様に、い、言われてたんですよね?」
『そう。それで? 返事は? 付いてくるのか! 来ないのか!』
「い、行きます! ごめんなさい! ちゃんと付いて行きますから、お、怒らないで下さい!」
 うぅ……この黒猫さん怖いです……。
『よし、判ればいい。それと、あたしの名前は黒猫じゃなくて柘榴(ざくろ)だ』
 黒猫さんは自転車から降りると、こちらを向いて言いました。
『宜しくな』
「あ、はい。宜しくお願いします、柘榴さん」
 どうしよう。
 勢いで答えちゃった。
 知らない人に付いていっちゃ行けないって言うけど……この場合はどうなるんだろう?

 柘榴さんに案内されて、あたしは駅から外れた裏道を歩いていました。殆ど人の居ない場所で、たまに地元の人と思しき人とすれ違うぐらいです。
 柘榴さんは垣根を歩いていて、話し掛けると応えて雑談くらいはしてくれますが、誰か他の人が居る時は黙ってしまいます。どうやら、柘榴さんの声はあたしにだけ聞こえるのではなくて、誰にでも聞こえてしまうみたいでした。
『ここだよ』
 駅から十五分程歩いた場所で柘榴さんは言いました。そこは小さな洋館で、周りの家と比べると、とても古い印象で何だか作り物みたいです。字は読めませんが『伽藍の堂』という何かのお店でしょうか、看板がありました。
『あたしは先に中に行ってるから、ノックすれば中に入れてもらえるよ』
 柘榴さんはそう言うと、敷地の中に姿を消してしまいました。
 辺りを見ても、ここの家主さんの名前が判る様なものは置いてなかったので、あたしは取り敢えずノックしてみる事にしました。
「あ、あのっ。柘榴さんに案内されてきたんですけどー……」
〝あぁ、美和子君だね。鍵は開いてるよ、中にどうぞ〟
 若い女の人の声です。
 何だかちょっと安心して、あたしは中に入りました。
「お邪魔しまーす……」
 そろそろと入った洋館の中は、外とは大分違う印象です。沢山の置物があって、よく判らないものが一杯飾られています。何処かの部族みたいなお面があると思ったら、洋風のお人形さんも置いてあります。あとは中国みたいな模様が入った、使い方の判らない三脚の釜みたいなものとかがあります。
「やぁ、いらっしゃい」
 きょろきょろとしているあたしを玄関で迎えてくれたのは、目隠しをして黒いワンピースを着た女の人でした。
「初めまして、私は藤堂(とうどう)鼎(かなえ)。ここ伽藍(がらん)の堂の主だよ」
「あ、ど、どうも初めましてっ。堂崎美和子です」
「うん、よく来てくれたね。私は外に出れないから柘榴君に道案内を頼んだんだけど、驚かせてしまったみたいだね」
 眼が不自由なのでしょうか、それで出歩けないのかと思いましたが、鼎さんは特に苦も無くあたしの前まで歩いてきました。
「私の眼はちゃんと見えるよ。普通の人よりもよく視えるぐらいだ」
「え?」
「ふふふっ、まぁ不思議だろうね。兎に角奥にどうぞ、色々と説明するから。お茶でも飲もう」

 奥に通されて、鼎さんは「そこに座って待っててくれるかな」とアンティークみたいなテーブルを指すと、言った通り普通にお茶の準備を始めました。柘榴さんも何処からかやってきて、テーブルの上に乗ります。そのまま柘榴さんは丸まって眠り始めてしまいました。かちゃかちゃと鼎さんが食器を動かす音だけがやけに響きます。
 …………。
 な、何か静か過ぎて沈黙が……。
「あ、あのっ」
「あぁ、いやいいよ。美和子君はお客さんだから、そこでゆっくりしていて」
「え、あ、はい」
 あれ、あたしまだ何も言ってないんだけど……? え? えぇ?
『カナエ。ミワコが付いて来れなくてパンクしそうな顔してるぞ。ちゃんと説明したのか』
 柘榴さんが目を瞑ったまま言いました。
「いや、まだだよ。お茶でも飲みながら話そうと思って」
 柘榴さんに応えながら、鼎さんはトレイを持ってきました。トレイにはポットとカップの他に、何かの花の蕾の様なものと空のガラスの容器が載っています。
「待たせたね」
「あ、い、いえ大丈夫ですっ」
 鼎さんはあたしの顔を見て微笑むと、椅子に座りました。
「さて、美和子君。何で君を呼んだかと言うとね――実は、私は魔女なんだ」
「え?」
『は?』
「え?」
『いや何でもない……』
 柘榴さんは怪訝しそうな声を出して身体を起こしましたが、そのまま、また眠り始めました。
「柘榴君が喋れるのも、私が目隠しをしたまま自由に動けるのもそれが理由なんだよ」
「あ、あぁっ! 成る程、だから外にも出られないんですね」
「そうなんだ。今の時代に魔女が平然と出歩く訳にはいかないからね」
 あっはっはっは、と鼎さんは笑いながらポットのお湯をガラス容器に注ぎます。
「そ、それで……何で、魔女さんが、あたしを……?」
 うん、それはね――と鼎さんは注いだお湯をまたポットに戻しました。ガラスの容器から湯気が立ち上り、鼎さんは湯気越しにあたしを見てきます。
「動物と、話せる様になりたくないかな?」
 一瞬、言われた事を理解するのに時間が掛かりました。
「えっと、それは……あたしにも魔法が使えるって事ですか?」
「そうだよ。簡単に言うと、私の弟子になってくれないかな、ってね」
 言いながら、鼎さんはまたガラスの容器にお湯を注ぎました。今度は注いだお湯は戻さず、そのままです。
「君には才能があるからね、是非私の跡を継いでほしいんだ」
「えっえっえっ、でも。そ、そんな突然言われても」
 ちょっと混乱してきました。魔法というものの存在には驚きましたが、実際に猫の柘榴さんと会話したのは事実ですし、鼎さんが目隠しをしながらでも動き回れているのは確かです。だからその辺りはもう信じていますが、あたしに魔法が使えるというのは、いきなり過ぎて信じられません。
 も、もしかして鼎さんはあたしを騙して何かの生贄にしようとしてるんじゃ……
 余りの不安に、そんな童話みたいな事を考えてしまいます。
「いやいや、そんな事は無いよ」
「えっ?!」
 こ、心まで読まれてる!?
「落ち着いて。そうだね、君が魔法を使える事を証明してあげるよ」
 と、鼎さんはトレイに乗せられた花の蕾をあたしに渡してきました。
「その蕾を掌で包んで咲く様に祈ってごらん。そしたら、それをこのお湯の中に入れるんだ」
「は、はい」
 言われるままに、あたしは蕾を手で包んで祈りました。枯れてしまっているのか、とてもかさかさしていて、力を込め過ぎると崩れてしまいそうです。
「うん、もういいね。それで十分君の魔力は込められた」
「こ、この中に入れればいいんですか?」
 鼎さんは微笑いながら頷きました。
 あたしは恐る恐る蕾をお湯の中に落としました。ちゃぷりと、蕾はお湯の中に沈んで、ガラスの底に触れます。すると、不思議な事が置きました。蕾が見る見る内に花開いて、お湯が綺麗な黄金色に変わります。
「わぁ……!」
 あっという間に、先刻まで蕾だった花は大きな白い菊になりました。
「ほら、言った通りだろう。君には才能がある。今みたいな簡単な魔法だったらすぐに使えるぐらいだ」
「す、凄いです! 蕾が咲きました!」
 それだけじゃないよ、と鼎さんは黄金色に変わった液体を、カップに注ぎます。
「飲んでごらん」
「は、はい。頂きます」
 こくり、と一口飲んでみると、香ばしい様な甘い様な、今まで感じた事の無い味がしました。
「あ、美味しい……」
「それが君の魔力の味だよ。どうかな、信じてもらえたかな?」
「す、凄いです! 感動しました!」
 それは良かった、と鼎さんもカップに口を付けます。
「うん、美味しい。柘榴君も飲むかい?」
『あたしはいいよ。二人で飲めばいい』
 あ、そう? と鼎さんは肩を竦めてまた一口飲みました。
「そ、それで本当にあたしも動物と話せる様になるんですかっ?」
 あたしは興奮してしまって、声が少し震えて変な声で鼎さんに訊いてしまいました。
「勿論。ただ、その為には条件があってね。守れるかな?」
「はい! 守ります」
「それじゃ、先ず一つ目は魔法の事、ここの事は誰にも言わない事。二つ目は、ここを訪れるのは一ヶ月に一度だけ。三つ目は、私が許すまで勝手に魔法を使わない事。四つ目は、決して自分の力を疑わない事、だ。いいかな?」
「はい。判りました、絶対に約束は破りません」
 いい子だね、と鼎さんは頬杖を付きながら目隠し越しにあたしを見ました。
 本当に、本当にあたしも魔法を使える様になれるんだ……。
 何だかそれはとても嬉しくて、自分が特別な事が出来るんだという事は、物凄くどきどきします。嬉し過ぎて、顔が綻ぶというんでしょうか、多分今のあたしは恥ずかしいぐらいにやにやしているかも知れません。でも、そんな事が気にならないぐらいにあたしは心の底から喜んでいました。
「それじゃ、もう時間も遅いし。魔法の事をちゃんと教えるのは次からにしよう」
「えっ? もうそんなに経ちましたか?」
 慌てて鞄からケータイを取り出して時間を見ると、いつの間にか午後の四時になっていました。もう夕方です。
「悪いけど、私は送ってあげる事が出来ないからね。柘榴君に案内させようか?」
「あ、いえっ、大丈夫です」
「そうか、じゃあ、次はまた二月に会おう」
「はいっ! 楽しみにしてます」

 美和子が居なくなった後の伽藍の堂で、柘榴が言った。
『……何であんな変な嘘を吐いたんだ? あたしが喋れるのはあたし自身の能力だし、あの蕾だってただの洋菊茶じゃないか』
「彼女は多分来月死ぬ」
 静かに洋菊茶を飲みながら鼎は言う。
『何だって?』
「あの子はね、不幸な事に死ぬ可能性が高い。そしてその死は、彼女の周囲の人間には正しく伝わらないし、正しく立ち会う者も居ない」
『ちょっと待てよ。カナエの能力では未来を知る事は出来ない筈だろ?』
「たまにあるんだよ、運命を糸で表すのはそれなりに正しくて、様々なモノが交差するが為に結節が出来る事が。彼女は偶然、私の糸の近くを通って、私も彼女の糸に気付いた。だから手繰り寄せてみたんだよ」
 鼎の言葉に、柘榴は何処か落ち着かなさそうに、尻尾をゆっくりと左右に振りながら言う。
『それで……お前はミワコを助けようとは思わなかったのか?』
「『ラプラスの魔』を受胎している私には世界に干渉する資格が無いし、美和子君だけを特別に導いてあげる訳にも行かない。だからもしも彼女が助かるとすれば、それはそうであったというだけの話だよ」
 聞きながら、柘榴は溜息を吐く様に喉を鳴らすと、テーブルから降りた。
『まぁ、カナエがそう言うのならそうなんだろうけどさ。あたしには今一理解出来ないね、何でミワコにあんな話をしたか』
 柘榴が部屋を出て行った後、墨色の服を着た堂の主は、ガラス容器の湯に揺蕩う白い菊の花を見ながら呟く。
「夢を与えて送り出す、ただの気まぐれの弔いさ」

 あたしが地元の駅に帰ってくると、改札口に見知った顔がありました。
「あれ、誡(かい)お兄ちゃん?」
「お帰り、美和子」
 そこに居たのは、お隣さんで高校生になった今でもたまに遊んでくれる長谷のお兄ちゃんです。あたしが小さい頃から家族同士での付き合いがあるせいか、殆どもう本当のお兄ちゃんみたいになっています。
「あ、うん。ただいま。何してるの?」
「美和子がちょうど帰ってくる頃合いだと思って迎えに来たんだよ。時間も遅いしね、幾らもう中学生だからって、小母さんも不安って事だよ」
「うー、別にそんなのいいのに……」
 こうやって極端に子供扱いされるのは恥ずかしいのに……しかもよりによって、誡お兄ちゃんに……。
「それだけ美和子が大切って事だよ。ぼくだってそうだしね」
「でもそれってどうせ、あたしが子供って事でしょ!」
「それだけじゃないよ。小母さんにとっては大切な可愛い娘で、ぼくからすれば大切な可愛い妹って事だからね」
 ……結局、『妹』っていう扱いなんだ。
 何だか少しむかむかします。
「それで? 今日は遠くの動物園に行ったんだって? どうだった?」
「え? えっと……それは」
 本当は鼎さんのところに行ってたんだけど、あそこに行ってた事は秘密にしないといけないし……誡お兄ちゃんは変なところで鋭いから、下手な嘘も吐けません。
「もしかして――動物園に行くっていうのは嘘だった?」
「えぇ?! そ、そんな事無いよっ」
「美和子、嘘吐くの下手だなぁ。恋人でも出来たのかな、今日はカレシと逢ってた、とか」
「ち、違うもん! そんなのじゃないもん! もうっ、揶ってくる誡お兄ちゃんには教えない! 内緒!」
 明らかに慌てるあたしを見て面白がってる誡お兄ちゃんを鞄で叩きながらも、何だか話が有耶無耶になったので、あたしは内心ほっとしていました。
 もしも。
 もしも本当にあたしが魔法を使える様になるのなら、動物と話せる様になりたいと思うのは勿論ですが、それよりもっとしたい事があるからです。
 いつもあたしを助けてくれる、一番大切な人の為に魔法を使ってあげたいな、と――あたしはそう思っています。

Märchen Funeral......End

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