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Miraculous Answerer 8/さよならフリードリヒ

8/さよならフリードリヒ


 目が醒めると日が沈んでいた。
 誰の姿も無い。
 キルシェも、由も、有栖も居なくなっていた。残っているのは由の血の跡だけで、斬られた彼の腕すら無くなっていた。
 寒かった。
 夜がコンクリートを冷やし、風が身体の熱を奪っている。座り込んだまま立ち上がれず、月見はぼうっとしていた。
 突然、スカートのポケットで何かが震える。ケータイが着信していた。月見はのろのろとした動作でケータイを取り出し、電話に出る。
〝月?! やっと繋がった……今何処に居るの? 貴方今日高校サボったでしょ、もう警察に捜索お願いしようかと……ちょっと、聞いてるのっ?〟
 不安そうに、少し怒った声の相手は姉の雪見だった。
「うん……心配掛けてごめんね、雪姉ちゃん。今から、帰るから」
 月見の余りにも気力の無い声に怒りを削がれたのか〝……ま、いいわ〟と雪見は言う。
〝早く帰ってきなさい。花も心配してるから〟
「うん、判った。……花ちゃんにも、ごめんって言っておいて」
 月見はケータイを切ってポケットに仕舞う。そして、のそりと立ち上がり暫く無言で居たが、乾いた由の血の上に崩れ落ちた。意味も無くその跡を手で擦り、何度も何度も必死に擦る。まるで出来事ごと消してしまいたいかの様に。
 気が付くと月見は泣いていた。何で泣いているのか自分でも判らなかった。悔しくて悲しくて虚しくて怒りたくて、それでも何よりただ涙が止まらなかった。
 落ちた涙で乾いた血が水分を取り戻し、月見の手は真っ赤に染まっていく。時折涙を拭うので、乾いていた血が顔にも広がっていった。埃と血で汚れても月見は気にせずに、長い間血の跡を擦り続けた。
 やがて、涙も出なくなり、彼女はふらふらとその場から立ち去った。

「月……どうしたの貴方、その恰好っ?」
 家に帰ると、姉の雪見が心配そうに訊いてきた。
「別に、大丈夫。あたしの血じゃないから、気にしないで」
 月見は笑顔を作ったが、どう見ても元気が無い。どろどろの姿を気にするなという方が無理だ。両親の居ない新鷹家で保護者を務めている長女の雪見からすると、一層である。
「それより、疲れちゃったから寝るね」
「ちょっと、その前にせめてシャワーぐらい浴びなさいよ」
 月見は力無く、判った、と頷くと着替えを出して風呂場に向かう。その様子を、雪見は心配そうに見つめていた。
 月見がすぐにシャワーを済ませて戻ってくると、雪見は自室に行こうとする妹を引き止めて、リビングの椅子に座らせた。何も食べてないでしょ、とクッキーを出して、牛乳をミルクパンで温め始める。
「雪姉ちゃん、あたしお腹空いてな」
「食べろ、つってんのよ」
 睨まれ、一瞬びくりとして月見はクッキーを黙々と食べ始めた。牛乳を温め終えると、雪見はマグカップ二つにホットミルクを移す。そして月見の対面に座った。
「で、何があったの?」
「…………」
 さく、とクッキーを一口齧るだけで、月見は何も答えない。
「この雪見お姉様にも言えない事なのかしら、月。それぐらいは言えんでしょ」
「……あたしだけの問題だから、言えない」
「――はぁっ?」
 雪見は急に身を乗り出すと、月見の頬をぎゅっと抓った。
「高々、十七歳のガキが『あたしだけ』の問題だぁ?」
「痛っ、痛いって雪姉ちゃんっ!」
「あのね、わたしは月と花の貴方達二人を養ってる家長様よ? うら若き乙女でありながら、もう父親役と母親役をやってんの。それを人生経験も碌に無い貴方が、自分だけの問題抱えるなんて生言ってんじゃないわよっ?」
 痛い痛いっ、と喚く月見を無視して雪見は続ける。
「わたしは貴方の悩みを聞く義務があるし、貴方はわたしを頼っていい権利があんの。それがどんな難題であれ、わたしは貴方が自立出来るまでは、どんな事でも受け容れるわっ!」
 一気に捲し立てると、漸く雪見は手を放し、自分の席に戻った。
「――それでも、言えないっての?」
「……うん」
「そう、なら仕方無いわ。荷物纏めて出て行きなさい」
「えっ」
 冗談よ、半ば呆れ気味に雪見は嘆息した。
「話したいと思ったら話せばいいわ。わたしはいつまでも貴方の信頼出来るお姉様で居てあげるから」
 それじゃわたしは先に寝るわ、と雪見は席を立った。
「雪姉ちゃん」
「ん?」
「……有り難う」
 その言葉に、雪見はつっけんどんに答えた。
「まだどう致しませんよ、月。悩みが解決出来たら、そのお礼に応えてあげるわ」

 翌日、月見は高校に行かなかった。
 朝起きて、朝食を食べ、身支度をし、家を出たが、その足がどうしても高校に向かわない。自然と、由と初めて遇った場所に来ていた。
「…………」
 ――どうしてだろう。
 漠然とした疑問だった。何に対してのモノなのかも彼女の内では解っていない。ただどうしてと思うだけで、その先は無かった。
 暫く何も考えず、ぼんやりとそこで立ち尽くす。裡が混沌としているだけで、明確な疑問の形を成さない。
 あたしは負けた。神様を殺された。敗北はそれを意味しているの? 神様は死んだ。本当に? あたしが負けたのは、神様の仕組んだ事じゃないの? だとしたら何処から? 何処まで? 初めから無駄だった。あたしの生きる意味。死んだ意味。自由は何処にあるの? 普通に生きればよかった。気にしなければよかった。諦観が冴えていた。でも出来ない。無理だよ、そんな事。抑えられない。だから戦ったんだから。でも負けた。負けた。負けた負けた負けた。失って――何を? 何も変わってなくて、完璧に負けた。
 ――どうしてだろう。
 結局元に戻る。答えの無い問いだった。
 頭の中の囁き声が全てを台無しにする。どんなに考えても、最後に出てくるのは声が語る一つの疑問だけなのだから。
「……死んじゃおっかな」
 もう全てが面倒臭い。答えが無い。鼎の言葉と自身の言葉が相反して矛盾しか生み出せない。自分の出した答えと、それに対する反証。根拠が無いと認められなかった。だから敗北の後に混沌しか無い。
 最早、意味があるのだろうか――だから死んでしまおう。
「――死ぬなんて止めてくれよ、俺が殺そうと思ったんだから」
 起伏の無いシニカルな声。
 聞き覚えがある。これは、あの殺人鬼の――
「つ、己さんっ!?」
「相変わらず変な子だな。先刻からずっと後ろに居たのに、一人でぶつぶつと」
 振り返るとそこに居たのは由だった。見間違えようの無い殺人鬼だった。最初の時と変わらず、何を考えているのか判らない顔で、片腕に血の付いた包丁を持っている。
「生きて……たんですか?」
「生きてるな」
「だって、だって右腕……ゆ、幽霊?」
「足はある」
「そ、それに血もあんなに……!!」
「そんなに俺を殺したいか」
「いえ、そ、そうじゃないですよ!?」
 由は呆れた様に大きく溜め息を吐いた。
「あの後、キルシェさんが怪しい研究所に連れてって、何か新しい腕とやらをくれたんだよ。生体金属がどうだとか、多分超高性能な義手みたいな物なんだろうけど」
 リハビリがてらに一人殺してきたところだ、と由はひらひらと腕を振る。
「因みに、キルシェさんはあの後、生の血を二リットルぐらいがぶ飲みしたら怪我が全部治ったよ。全く、どういう構造なんだ、あの化物」
 由は苦々しい顔で世間話をする様に喋るが、月見は思考の整理が追い付かない。由が生きていた。もう完全に居なくなってしまったと思っていた。それがこうして平然と人殺しに励んでいる。キルシェは血を飲んだら怪我が治った? いや、それはどうでもいい。吸血姫だし。
 それより何か、何か言わないといけない気が――
「ば、馬鹿ァッ!!」
「何でそこで切れるんだ」
 尤もだ。よりによって何故口を衝いて出た言葉がこれなのか。
「知りませんよ、バーカ!! あたしに会いに来るよりも先に人殺してたってどういう事ですか?!」
 月見は力任せに鞄を投げ付けた。ばす、と由は平然と受け止める。
「……会いに来てほしかったのか」
「え? えっと。そ、れ、は…………し、知りませんよ?!」
「何なんだお前」
 俺としては正直に答えてほしいな……、と由は小さくぼやいた。
「そ、それより何しに来たんですか、どうしてここに来たんですかっ?」
「鼎さんから伝言だ」
 びくっ、と月見は身構えた。
「自由の証を立てる、とか言ってたな……まぁ、伝えるのは一言だけど。『死ぬ瞬間に視たモノが、神の正体だよ』だとさ。よく意味が解らないけど、確かに伝えたぞ」
 あの時、視えたもの――自分。
 確かに、月見はキルシェに殺される直前、はっきりと『決定者』の姿を視た気がした。だが、それは死に直面する事であらゆるものが殺ぎ落とされ、自分の行動の奥――エルゴ、アートマ、自分自身の自己などと呼ばれるモノ――が浮き上がってきただけに過ぎない。謂わば人格的な走馬灯だろう。
 どれだけ祈ろうとも、誓いを立てようとも、死に際にすら神は応えてくれない。最後に居るのは自分だけなのだ。そうして見つめ直す事で漸く解るものは、楽天的なペシミストである『彼』のさもしい笑顔しかない。
 月見は何だか急に可笑しくなって、思わず声を上げながら笑ってしまった。由は意味が解らず、不思議そうに片目を細める。
「何だ、どうした急に」
 いえ、すいません、と月見は笑い涙を拭きながら、それでも可笑しくて笑いながら答えた。
「己さん、あたしの神様、殺されちゃいました」
 偽神。偽者だと、その通りだ。
 運命を決めている存在は居る。しかしそれは神ではなく、かと言って自分でもない。月見はそれを上手く言葉で言い表せなかった。けれども、何と無くは解っている。『自分の中心』……? もしくは滑稽な言葉だけれども『魂』とでも呼べばいいのだろうか。
 一の中に潜む全。
(それが神様で、新鷹月見(あたし))
 何も難しい事は無かった。答えは単純――変えられない自分が大嫌いだった、それだけだ。だから月見は間違っていたとは言え、切っ掛けを見つけたら必死に抗った。
 月見は大きく息を吸って伸びをする。
「あー!! すこーしだけ、今までよりはマシに生きられそうな気がしますよっ!」
「そいつはよかった。俺は月見ちゃんを殺したいと思ってるけどな」
「そう言えば……己さんは、これからどうするつもりなんですか?」
「無視か」
「はい。無視です。で、どうするつもりなんですか?」
「…………」
 由は包丁を持っている手を握り直したが、流石に大人気無いと思い止まった。常識的な殺人鬼である。
「俺は、別に特には変わらないな。キルシェさんにオルガノンに入社しないかって誘われたけど、基本的には多分ぶらり途中下車の殺人だ」
「……土曜日の朝を血腥くしないで下さいよ」
「まぁ、人を殺す機会をくれるなら、オルガノンとやらに入ってもいいとは思ってるな。自由にやらせてもらう、って条件は付けるけど」
 それで、と由は月見に言う。
「こんな事を訊いてどうするんだ?」
「あたしも付いて行きます」
 思考が停止した。
 しかし由の表情はちっとも変わっていないので、月見をじっと見つめている様に見える。「そ、そんなに見ないで下さいよっ」と月見は何を勘違いしたのか恥ずかしそうに顔を背けた。
「…………は?」
 やっと真っ白になっていた由の脳味噌がまともに働き始める。
(俺、確かこの子に殺したいって伝えたよな、今先刻。無視されたけど。それを差し引いても、自分から俺に付いて来る理由は何だ。人殺しに興味があるのか……? いや、だったら自分で焼き殺せばいいだけだな。何で俺に付いて来る…………まぁ、いいか)
 由は考えるのをやめた。面倒臭くなっただけである。
「別に――俺は構わない」
「本当ですかっ?」
「あぁ。まぁ、ただ何で付いてくるんだ?」
 由の問いに、月見は少し、はにかみながら笑って答えた。
「あたしも、自由に生きてみたくなったからですよっ」


9/灼然への回答者

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