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Miraculous Answerer 7/T or F

7/T or F


「……何で俺も来なくちゃいけないんすか」
「知らないわ」
 有栖の問いにキルシェは面倒臭そうに答えた。
「怪訝しいでしょ?! これからやるのって超能力者と吸血鬼と殺人鬼の戦いですよ?! そこに何で一般人Aの俺が参加しなくちゃいけないんすか!!」
「だーかーらー、知らないって言ってるじゃない。カナエの提案なんだし、向こうの殺人鬼の……何だっけ、ツチノコだっけ?」
「そりゃUMAです」
「あぁ、思い出した、ツチノトだったわね。一般人って言うならアンタよりあっちの方が余っ程常人じゃない。ベクターの眼を持ってる時点で普通に分類されないっての」
「そういう事じゃなくてですね……こう、精神的なね?」
「訊かれても知らねーわよ」
 だあああぁ、と有栖は呻きとも付かない声を上げながら頭を抱える。ゲームをやろうという鼎の発言――その後が原因だった。
『参加者はキルシェさん、月見君、有栖君、由君でちょうど四人だから二対二のチーム戦だね』
 有無を言わさない断定事項である。事後承諾ですらない。酷いものだ。しかし、それに対して由が了承するかを不安そうに月見が窺っていると、いいですね、と予想外に有栖の方を見ながら彼は快諾した。曰く『雪辱戦になりそう』だそうだ。
「絶対この展開狙ってたよ鼎さんってばああああぁ」
 無論、由が雪ぐ相手は有栖である。打ち殺す宣言をされながら逃げられる空気でもなかったので、結局有栖はここに居た。
 死合の舞台に選ばれたのは、郊外で廃墟になっているデパートに隣接する立体駐車場。暴れるのに丁度いい広さと面倒が無い場所をキルシェが会社に求めたら、解体しようとしていたここを与えられたのだ。
 騒ぎは隠匿すればいいので解体費用が浮く、と会社の経理部は喜んで提供してきた。考え方が駄目な企業である。
 徒っ広いコンクリートの空間に、駐車スペースの区切りと太い柱。階数を表しているのか、階毎で鉄骨材は塗料で色分けされている。それらが等間隔で配置されており、長年放置されたそこは度々不良の溜り場にでもなっていたのだろう、ところどころに落書きと飲み食いしたゴミがあった。
 ゲームの開始場所は駐車場の三階。キルシェと有栖は既にそこで月見と由が来るのを待っていた。
「しかし、キルシェさん……それ、何です?」
 有栖が訊いたのは、キルシェが肩に背負っている細長い逆二等辺三角形の荷物。明らかに彼女の背よりも大きく、二メートル弱はありそうだ。何かの専用のバッグに見えるが、形からは判断出来ない。何よりもその重さが尋常ではなかった。
「これ? ワタシ専用の武器。月見と殺り合うんだったら、これぐらい使わないとね」
 よっ、とキルシェが謎のバッグの背負い直すと、それだけで少し地面が揺れる。
「…………」
 ちょっと意味不明な領域だった。
 有栖も自分で武器を用意してきはしたが、銃刀法違反するナイフが限界である。自分の掌に収まりそうな刃物では、ぶっちゃけ頼りない。キルシェは見た通りの物を持っている様だし、月見はそもそも必要無いだろう。由に至っては新聞の一面を飾るぐらいの実力派殺人鬼なので、お気に入りの凶器ぐらい持っている筈だ。
(俺が一番弱いんじゃねーの……?)
 過去に由を殺し掛けた事はあるが、それは過去視の〝忘却の澪(レテ)〟を使い、先読みしただけの辛い軍配である。
(やべぇ、超不安だ……)
 既に少し身体がガクブルしてきている。情けないとかいう次元ではなく、自分の命が懸かっている状況なのだ、まともな反応ではある。
「――来たわね」
 キルシェが言う視線の先には、月見と由が居た。彼我は、駐車場の端に位置している。
 月見は学校をサボって来たのか、学校鞄を片手に制服を着ている。その隣の由は殺る気満々な様で、右肩に斧を乗せバットケースを背負い、腰にはナイフと違法改造エアガンを付けていた。有栖に斬殺、撲殺、刺殺、射殺のデッドエンドを用意した様だ。武器の充実振りに対して、由は表情が飄々としているので、意気込んでいるかは判らないが。
「って、待てやコラァッ! お前それどう考えても俺しか殺す気無いだろ!!」
 有栖には完全に想定外の装備である。お気に入りどころか、己由という殺人鬼は、凶器には全く頓着しない様だ。
「お前……それ、殺人鬼として節操無さ過ぎんだろッ!?」
 必死である。しかし幾ら喚いても今更用意されている物は用意されているのだ。諦めが悪いを通り越して見苦しかった。
「何言ってるんだお前? 俺は右腕しか無いんだから、それなりに準備するに決まってるだろ。あぁ、何だったら貸してやろうか?」
「要るかボケ! アホ、死ね、バーカ!!」
 言い返せなくて殆ど自棄糞の有栖だった。少し涙目である。
「前哨戦はアンタの負けね」
 隣でつまらなそうに口喧嘩を見ていたキルシェが言った。
「それじゃ、本番と行きたいけど――先に言っておくわよ、ツキミ」
 キルシェは肩からバッグを下ろす。ズン、とその重さで有栖は疎か月見と由にまで震動が地面を伝ってきた。驚きを隠せず、珍しく由が瞠目する。しかし月見は平然としていた。
「今回は三年前とは話が違うわ。あの時は、アンタはオルガノンにとって腫れ物扱いで済んだ」
 淡々と言いながらキルシェはバッグのジッパーを開いていく。
「けど、カナエを狙うっていうなら事情が全く違うわ――」
 言って、彼女はそれを地面に突き刺した。
「――本気で、殺すわよ?」
 彼女が取り出したのは――片刃の剣。
 冗談の様で、失笑してしまいそうな、だが異様で威容な、他に物言わせぬ、それ程に現実味の無い剣。
 突撃槍をそのまま剣にした様な造りで、特に趣向を凝らしたデザインも無く、極端に無骨な、ただの灰色の〝刃〟である。そしてその刀身全体に渡ってある木目状の模様が、奇妙な美しさを醸し出していた。
「……あたしに剣で挑むの? 別にいいけど、その前に燃やすから」
 既に月見は臨戦態勢に入っている。空気が燃え、熱が気流を生み出し、彼女の周囲を舞っていた。じりじりと、熱で鉄骨に塗られた塗装は溶け始めている。
「己さん、準備いいですか?」
「……いいも何も」
 月見に訊かれ、ぼんやりと呟いたかと思うと、
「打ち殺す」
 ギシ、と歯が軋む程に剥き出して、彼は笑った。
「――先刻からそれしか考えてなくてさ」
 次の瞬間、彼は大きく踏み込み、右手の斧をぶん投げた。
 横手に投げられた斧は回転し、正確に、有栖の居る方向へと向かう。狙われた当人の有栖は、由が動いた事には反応出来た。
 が、遅い。
 その時には既に殺意は届き、彼の腹を抉り取れる位置にまで来ている。反射的に腕を出して防ごうとするが、当然そんなもので身体を護れる訳も無い。
 ゴシャ、と鈍い音が響いた。
「……奇襲なんてやってくれるじゃない、ツチノト」
 面白げに笑みを浮かべるキルシェに、由は舌打ちする。彼の斧は有栖には届かず、その前にキルシェの剣で斬られていたのだ。
 瞬間の出来事である。コンクリートに突き刺した状態から、何の抵抗も無い様に円を描いて回された剣が、由の斧を斬って落としていた。キルシェはその場から動いても居ない。一つの挙動で由の先手は潰された。
「いい火蓋切りよ。アリス、死にたくないなら何処かに行ってなさい。護るなんて事は面倒なの」
「いや、大丈夫っすよ。有り難う御座います。先刻のにはビビったけど、どうせアイツは俺しか狙ってないんで――覚悟しないと」
 言って、有栖は右眼の眼帯を外した。開けた視界に流れ込む過去。場所、人、物、その全てに起こった出来事がぼんやりと視え、彼は侵されない様にそれらを絞っていく。
 焦点を少女と男に合わし、現在に最も近い記憶を垣間見る。そして朧気な未来を想像し始めた。
「来ますよ、キルシェさん。月見ちゃんが」
「へぇ、先読み出来んのね。中々便利じゃない。いいわ、それならツチノトぐらいは任せられそうね」
 言った途端、キルシェの右腕が炎に包まれた。
「って、ちょ、ももも燃えてるって、燃やされてるってキルシェさん!? 言ったそばから何余所見してんすか!!」
 しかしキルシェは熱さも痛みも感じていない様に、平然と腕を一度振り払って炎を消す。
「ワタシはツキミだけやるわ」
 彼女は月見を睨み、対する月見は炎を消された事を気にも留めていない様で、首を傾げさせ睨み返していた。
「相変わらずの化物っぷり、火傷も無いなんて。普通、炭化してる温度なのに」
「ワタシの身体は特別製って知ってんでしょう。焼くだけじゃ無駄よ」
「だったら溶かす」
「はん、やってみなさい!」
 意気軒昂にキルシェが剣を担ぎ、駆け出した瞬間。
 火柱が彼女を包み込んだ。
 二メートル以上ある炎が立ち上り、周囲にまでその高熱を伝える。とても近付けたモノではなく、接しているコンクリートが赤熱していた。炎の中にはキルシェの姿があるかどうかも判らない。いや、燃え残っているかどうか、と言った方が正確だろうか。
「……マジかよ」
 有栖が呆然と呟く。無理もない。
 彼の眼は、あの煉獄の中でキルシェがまだ生きている事を視たのだから。
「やっぱり、この程度じゃ無理か」
 判っていたのか、月見も炎の奥を見て言う。
 火柱から刃の切っ先が飛び出し、それが炎を横に薙いで掻き消した。残り火の中、キルシェが剣を肩に置き仁王立つ。
「フラッシュ・オーバー……ね。吃驚したわ、いつの間にこんな小細工を覚えたのか」
 一箇所に溜まった可燃性の気体が発火し、一気に燃え広がる現象――それがフラッシュ・オーバー。その温度は優に一〇〇〇度を超え、凡そ巻き込まれれば生き残れるものではない。
 月見は駐車場内で使われていた塗料を熱分解し、可燃性の気体を発生させていた。それを熱で空気の調整を行い気体の溜まりを作り、そこにキルシェが踏み込んだ瞬間に引火させ、局所的な火柱を生み出したのだ。
「全く、何が超耐熱性素材で作った服よ、残ったのズボンだけじゃない。あとで研究所の奴等に文句言ってやる」
 キルシェはぶつぶつ言いながら、上半身に残った服の消し炭を鬱陶しそうに掃う。そして小馬鹿にする様に月見に言った。
「お陰で寒いわ、アンタの火で暖めてくれると嬉しいわね?」
「言われなくてもやるっての……!!」
 最早、月見は出し惜しみ無くフラッシュ・オーバーを仕掛けていった。キルシェは楽しげにその中を突っ切り、近付いてくる。接近されたら自分の負け。能力的にそれは端から自明の理だ。
 火柱を縦横無尽に準備しておいた分だけ燃やすが、それでもキルシェは止まらない。炎の勢いでバランスを崩す事はあるが、影響など無いに等しい。着実に吸血姫は月見との距離を詰める。
 分が悪い。
 そもそも可燃物になるものが少なく、塗料の気化は時間が掛かり、量も限られている。キルシェ自身を燃やしたところで、熱が足りず焦がす事も出来ない。三年前は、ガソリンスタンドを一つ吹き飛ばして爆轟を引き起こし、その衝撃波でキルシェと引き分けた。しかも、それで手足の複雑骨折程度のダメージしか与えられていない。
 今は爆発を引き起こす為のものは無い。純粋な熱量のみで圧倒しなくてはならないのだが、
(せめて、金属を溶かせないと)
 フラッシュ・オーバーの炎では足りなかった。最低でも鉄を溶かす一五〇〇度が必要だろう。キルシェの身体を構成する生体金属の融点は判らないが、やるしかない。
 吸血姫は火柱の中、剣を振るい炎を掻き消し、長い白金の髪を輝かす様に舞っている。半裸の妖艶な女が全身に焔の光を受け、刃を持って踊る様は、何がしかの儀式の様でもあった。言うならば、神威を降ろし真意を問おうとでも。
 キルシェは赫灼とした紅蓮にも圧倒されずに、その紫水晶の瞳で月見を見据え続ける。視線は一切ぶれず、ともすればその顔には、うっすら笑みすら浮かんでいた。
 しかし月見も怯まない。寧ろそれに挑む様にキルシェを燃やし尽くそうとする。だが、彼女の頬を一筋の汗が伝った。炎が自分の方に近付いてきている。キルシェが間を詰めてきているのは明白だった。
「――捉えたわ、ツキミ」
 そして、吸血姫の牙が月見の喉元に届く。
 キルシェが鈍い重みと色をした刃を一振りすれば、それで月見は斬られる位置に居た。
「――――っ」
 避ける? 遅い。遅過ぎる。所詮は少女の反応だ。それでは吸血姫の一閃にすら間に合わない。もう確実に彼女は棺に足を突っ込む距離だ。生を諦めるべき位置だ。
 だがそこで、横合いから影法師が死に割り込む。
 影――由が金属バットが振り下ろし、キルシェはそれを剣の腹で受けた。ぎぃん、と固く甲高い音が鳴り、反動で由は後ろに蹌踉めく。そのまま彼はキルシェから間合いを取ろうと、踏鞴を踏みながら後ろに下がった。
 姿勢を整えて顔を上げた彼は、歪んだ笑みを浮かべる。
 くくっ、と肩を揺らすと由はキルシェに言った。
「凄いな、キルシェさん。化物だ。あんな炎の中でも全然死にそうにない。映画みたいな女だ。殺したい、殺したいね。月見ちゃんには悪いけど、見てたら我慢出来なかったんだ。きっと俺、今アドレナリンが半端無く出てるな。あー、よく口が回る回る。本当にどうなってるんだキルシェさん? どうやったら殺せるんだ? あぁ、考えるだけで楽しいな!」
「わーおー……。普通の殺人鬼だと思ってたけど結構重症ね。ワタシにそんな事言ったのアンタで二人目よ、才能あるわねー」
 呆れているのか感心しているのか、キルシェは剣を由に対して構え直す。月見よりも面倒な対象と判断したのか、それとも鬱陶しいだけなのか。その背後で月見はキルシェから離れていた。
「馬鹿ですか己さん?! そいつに接近戦挑むなんて自殺行為ですよ、ゴリラよりも握力ある奴ですよ!?」
「いや、計った事無いわよ」
「その阿呆みたいな剣を見れば判るでしょ? それは斬る為じゃなくて、どっちかと言うとフルスイング撲殺狙いです!!」
「だったら最初から鉄棒使うわワタシ」
「それに武器が無くたって、キャメルクラッチでブロッケンを真っ二つにしたラーメンマンみたいな事出来る怪力ですよ!?」
「世代違うわよアンタ」
「先刻からごちゃごちゃ煩いなキルシェ!」
「うわっ、逆切れされた。何この子、怖っ」
 本気なのか冗談なのか判らない二人の遣り取りを、何処吹く風といった様に、由はバットを片手で背負った。
「大丈夫だ月見ちゃん――だって、殺していいんだろ?」
 自信。
 根拠の無いその言葉は、そうとしか呼べなかった。月見には何を以って『大丈夫』なのか全く判らない。だが何故か、無性に顔が熱くなった。曖昧で寧ろ逆に返り討ちに合いそうなのに、月見は由の言葉を信じられる気がする。
「そ、そんな事言ったってあたしは別に、と、ときめきませんよ?!」
 形容し難い感情だった。何と言っただろうかこれは? 言葉は出てこないけれども、何だか意味も無く嬉しい感じがした。やっと、まともに等身大の自分を見てもらえた様な――
「チッ、若いわね……」
 キルシェは今までで一番嫌そうな顔をしていた。
「まぁ、いいわ。さっさと終わらせるわよツチノト!」
 キルシェの踏み出した一歩目。次に歩を進める二。そして三歩目は――跳んでいた。勢いを付けて一気に由の許まで行き、剣を振り被る。月見の時とは違い何も障害が無いキルシェは、自由に動く事が出来ていた。一瞬で間合いを詰め振り下ろす。単純だが速攻であり故に一撃。
 振り抜かれたキルシェの剣はその膂力も相俟って、コンクリートごと巻き込んで斬り砕いていた。しかしキルシェは止まらない。すぐさま剣を横に一閃する――由を仕留められていなかったのだ。
(平然と避けたわね……)
 余りにも普通な躱し方だった。ひょい、と適当な動きしかしていない様に見えたが、正確な回避だ。そして今、二撃目も躱されていた。
 ここで由が仕掛けてくる。キルシェの揮った剣を踏み付け、足場代わりにしてバットを突き出してきた。
 体制的にキルシェに防御は出来ない。普通ならば彼女はそんな事しなくてもいいだろう。だが由の狙っている場所が問題だった。
 喉。
 顎ならばまだよかった。脳震盪狙いで頭を揺さぶろうというのなら、歯を食い縛れば防げる。しかし喉は構造上どうしようもない。力を込めようも、耐えるも何も無い。潰されはしないが、当然、咽せる。
「…………ぁ!!」
 ごっ、とバットの先端で喉を突かれたが声も出なかった。キルシェは咳き込みながら、思わず空いた手で喉を押さえる。彼女は涙目になりながらも視界から外れてしまった由の姿を探した。
 すると、急に足の力がすとんと抜けた。
(後ろ……! 膝の関節を狙ってきた?!)
 子供騙しの様な戦い方だ。だが手段として、由の狙っている場所は効果的だった。そして何故自分の攻撃が避けられたのか、キルシェは漸く理解する。片腕が無いというハンデを持っている由は、ただ凶器で殺すという方法では相手に力負けする事もあるだろう。だから、彼の戦い方は、徹底的に人体構造の欠点を衝いて自由を奪っていた。
(それをワタシ相手に成功させるなんてね……っ)
 今までにも同じ様な事を仕掛けられた事は幾度もある。しかしそれらは全て、キルシェの吸血姫たる頑強な身体の前に通す事が出来なかった。だが由は、丈夫さなど関係の無い部分を見透かしている。恐らくは、殺す為に身体の構造を調べ尽くしたのだろう。自然、人体に則った動きをある程度まで予測出来る筈だ。
 膝を付いた状態で後ろから肩を掴まれ、キルシェは仰向けに倒された。そして由の手にはバットは無く、代わりに改造エアガンが握られていた。ゴリ、と顔にエアガンを突き付けられ、
(殺人鬼として完成されてるって訳ね――)
 パン、と乾いた音が響く。
 右眼が破裂し血飛沫が上がったのと同時に、視界が閉じた。次は眼を潰されたらしい。痛みは問題無いが、死角を作らせてしまった。
 だが、彼女もここまで一方的にやられて黙ってはいない。
 倒れた状態から由の右足を掴み、握り潰す。ゴキャ、と手には確実に骨まで持っていった固くて冷たいモノを砕いた感触が――
(冷たい?)
 違和感を覚え、キルシェは手に持ったそれを力任せに放り投げた。それはコンクリートの床に落ちると、がらん、と金属音を鳴らす。
「外れだ。油断出来ないな、眼を潰して呻きもしないなんて」
 キルシェが潰したのは由のバットだった。予めキルシェからの反撃を予想して、バットを足の位置に置いていたらしい。
 キルシェは即座に上半身の発条で身体を起こし体勢を整える。起き上がり様に由が居たであろう方に向かって剣を振るが、当然の様に手応えは無い。目で追い探すが、動いている相手を狭くなった視界では到底捉え切れない。
 再び、ゴリ、とエアガンを突き付けられる音がした。思わずキルシェは舌打ちする。銃口は右耳にあった。
 パン、と先刻よりも大きい音の二発目。
 鼓膜が死んだ。右眼と共に右半身は完全に殺されたと見ていいだろう。
「Damn it……!! 想像以上よツチノト!!」
 高が殺人鬼一人を相手にして、吸血姫は片目から血を流し、音を半分奪われていた。
(……困った)
 キルシェの死角に完全に隠れる位置、心中で由は呟く。
(止めを刺す方法が見付からない……)
 ただの人間の限界と言ったところだろうか。ちくちくと刺す事は出来るが、それで殺せるかと問えば答えは否だ。相手が普通の人間なら兎も角、肝心の致命傷にする為の一撃が通らないのだから、殺人鬼の面目は丸潰れだった。
(まぁ、取り敢えず眼と耳を全部潰しておこう)
 そう思い、由が攻撃を再開しようとキルシェに向かうと、
「お前の相手は俺じゃなかったのかよ!?」
 ナイフを構えた有栖が突っ込んできた。今の今まで月見の火柱のせいで身動きが取れず、後ろで手を拱いていたのだ。キルシェとの間に立ち塞がる様に彼は由をナイフで切り付ける。由は自らのナイフを抜き、戟音を鳴らして、有栖の刃を受けた。
「……済まん、忘れてた」
「ちょ、お前が俺を巻き込んだんだよ?! 出来れば傍観者で居たかったってのになぁ、おい!?」
 ギリギリと鳴る由のナイフを、有栖は押し込む。片腕しか無い由と比べれば、全身の力では有栖に分がある。
 力負けする事を見越した由は、自ら身体を退かせた。それにより有栖はバランスを崩し、前のめりになる。自らの懐に入ってくる様に倒れた有栖の頚部を狙い、由は冷然とナイフを振り下ろした。以前は自分を追い詰めた男だが、これで終わり。大した労も無い――
「殺したつもりか?」
 ひゅ、と音が鳴った。
「…………っ」
 前屈姿勢で隙だらけだった有栖が、見えていない筈の由の右腕に一太刀入れる。由はナイフを落とし掛け、思わず有栖から離れた。
「おいおい、殺人鬼。手前、こんな簡単に終いに出来ると思ってたのかよ。これでも一応、前はお前を殺した男だぜ。一般人Aを無礼(なめ)んなよ?」
「そう、だったな……。お前は俺の模倣犯。俺の左腕を捥ぎ取った野郎だった」
 だくだくと血が流れる己の右腕を由は眺める。そして掌を握り直した。
 由が殺人鬼に成り立ての頃、有栖は〝忘却の澪(レテ)〟で彼の犯行の記憶を視てしまった事がある。その強烈な記憶に毒され侵され、有栖は由の完全模倣(レプリカ)に成り掛けた。そこに鼎が首を突っ込み、二人をぶつけて有栖の症状をショック療法すると共に、由の殺人鬼としての自覚と完成を促したのだ。道楽にしても、悪趣味なものである。
「判ってんだろ? お前じゃ俺に勝てねぇよ」
「――いいや、そうでもない」
 有栖の右眼は過去を視て、今しようとしている事を知る事が出来る。だからこそ、殺人鬼だった由は一度、何の変哲も無かった男の有栖に敗北を喫したのだ。そして条件からして、それは今も同じ筈だが、
「窮鼠は猫を噛むぞ、物真似野郎?」
 由は淡々と落ち着いていた。
 助かったわアリス、と後ろからキルシェが有栖に呼び掛ける。
「まさか、ツチノトがあれ程やるとはね」
「いや、まぁ俺も驚きましたよ。何で俺あいつに勝てたんだろ、って」
 それより、と有栖はキルシェの傷を見て表情を歪める。
「大丈夫っすか、キルシェさん……? その、目とか見えてます?」
「いいえ、失明したわ。眼球が潰れてるもの。眼窩の中に弾が残っててゴロゴロするわね。あとで抉り出さないと膿んで破傷風になりそうよ。あと右耳は鼓膜が完全に破れてるわ。三半規管は無事みたいだけど、中身がぐちゃぐちゃだから耳小骨はイカれてるかもね」
「うえぇ、痛ぇ……そんなに詳しく話さなくてもいいですよ……」
「何よ、アンタから訊いてきたんじゃない」
 キルシェは不満そうに言いながら、血涙を拭う。彼女は手の甲に付いた血を見て、少し考える風にしてから、血を嘗めた。
 舌を出してゆっくりと自らの甲に這わせて血を舐る。舌が指の血まで辿り着くと、細く白い指先をしゃぶり始めた。キルシェの姿はとても妖しく、その仕草に無意識に見惚れていた有栖は、彼女が半裸である事も思い出して慌てて目を逸らした。
(何か……無茶苦茶エロい……)
 奇妙な背徳感。見てはいけないものを見てしまった様な、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまった様な――艶かしい婀娜に抱いた微かな劣情だった。
 有栖が悶々とする傍ら、由の許に月見が駆け寄る。
「己さん」
「どうするかな、あの吸血姫」
 由はいきなり本題に切り込んだ。
「恥ずかしいけど、俺じゃ止めは刺せそうに無い。月見ちゃんでも燃やせなかった。どうしたものかな」
 右手でナイフを遊ばせつつ、由はキルシェを見つめる。敵を斃す手段が無いと言う割には随分と冷静だ。いっそ楽しそうでもある。
「……あたしが燃やします」
 静かに、月見は答えた。
「どうやって?」
「より熱く、です」
 ふむ、と由は少し考える様に月見を見て、再び視線をキルシェに戻した。
「じゃあ、頼んでみようかな。俺は猫に噛み付いてくる」
 言って、由は標的を有栖に据えた。彼が走り出すと同時に、月見も歩き出す。彼女は鞄に手を入れると、中からボトル缶を取り出した。蓋を開けて、それを片手にゆっくりと吸血姫に向かう。
 緊張した面持ちで有栖がナイフを構え直した。
「来やがった……あの殺人オタクは俺が相手しますから、キルシェさんは月身ちゃんを――」
「面倒臭い」
「は?」
「ちまちま個別に相手を分けるなんて面倒臭いわ。仕切り直すわよ」
 キルシェは誰に狙いを付ける訳も無く、剣を高く振り上げる。そして逆手に持ち替え、切っ先を地面に向けた。
「え、いや、ちょ――何するつも」
 言い終わる前に、キルシェは剣を突き刺した。
 ――ビシッ
 耳を疑う音。キルシェを除く三人が、自らの聴覚が捉えた事を確認する前に、更に音は広がる。
「もう一発」
 剣を引き抜いて、キルシェは今度は剣を順手に持ち替え――そのまま大上段から、力任せに剣を叩き付けた。
 その一撃でコンクリートが破れ、捲れ、崩れ落ちる。地面が消え失せ、ニュートンの言う通りに林檎が落ちる様を全員が描く。衝撃と破壊音を連れて、塵埃で視界が覆われる二階に辿り着くと、一番早く動いたのはキルシェだった。
 瓦礫の丘を蹴り渡り、最悪の視界の中で人影を探す。記憶していた相手の位置を頼りに走ると、少女のシルエットが現れた。
 ミシリ、とキルシェは手に力を込めて柄を握り、影を両断しようと、したが。
 死角になっていた右側から衝撃を受ける。驚きつつも倒れない様に耐えるが、瓦礫が裏目に出た。不安定な足場では如何に吸血姫と雖も、身体を支える事は叶わない。
 倒れながらもキルシェは首を捻り、左眼で相手を視界に収める。
 そこには由が立っていた。罵りの思いを言葉にせず歯噛みすると、キルシェはすぐに身体を起こす。由が近くに居た月見と合流したのを認めて、彼女は有栖の姿を探した。彼は離れた場所で、瓦礫を相手に四苦八苦している。
「アリス! 急ぎなさい!」
「む、無茶言わないで……俺、身体鈍ってる現代っ子なのに……」
 大体、地面打ち抜いたのが悪いんじゃんか……、とぼやいた有栖をキルシェは睨み付けた。
「ワタシが悪いっての?」
「いえっ、そうじゃないっす!」
 しかし言葉とは逆に、有栖は疲れた様に溜め息を吐いていた。誰か俺を労わって……、と小さく嘆く。
 その背後で、月見はキルシェの死角に回っていた。
 砂埃が晴れてきて、大分見渡しはよくなってきている。月見は鞄から出したボトル缶を持って、キルシェに感付かれる前にと移動していた。既に由は自分と別れて有栖の居る場所に向かっている。このまま上手くいけば二人とも不意打ちだ。確実に斃せる。
 そしてキルシェが先刻まで自分達が居た場所を確認した瞬間――月見は缶を投げた。
「――――」
 当たり前だが感付かれる。キルシェは缶に向けて剣を振るう。
(――掛かった)
 キルシェの剣がボトル缶を真っ二つにし、その中身――アルミニウムと酸化鉄の粉末――が打ち撒けられた。
「キルシェさん!」
 有栖が叫ぶ。〝忘却の澪(レテ)〟で月見の狙いを知ったのだろう。しかしもう遅い。火は点けた。
 ボシュ、と音が鳴り――黄金色が広がった。
 金属粉は火に連鎖的に反応し、一気に燃え上がる。熔けた金属が小さな熔鉱炉から漏れ出した様にキルシェに襲い掛かり、彼女は思わずそれを腕で防いだ。
 今までどんな炎にも耐えてきたキルシェが、腕に熔解した金属を受けると苦悶の表情を浮かべる。すぐさまその場から離れると、彼女は息荒く肩を上下させていた。
「……焼夷弾(テルミット)」
 憎々しげにキルシェは自分を襲ったモノの正体を口にする。
「しかも手製なんてね、何処でそんな知識を仕入れて来たのか」
「別に、簡単な理科だから。アルミの粉は売ってるし、酸化鉄はホッカイロの中身。どう? 二三〇〇度は流石に化物でも熱かった?」
 ダメージは訊くまでもない。キルシェの腕は炭化していた。特に死角からの攻撃だった為、咄嗟に出した右腕が酷い。殆ど形を保っているだけで、触れれば崩れそうだった。
 アルミニウムを還元剤に、酸化鉄に反応を起こす事で膨大な熱を発する――それがテルミット反応。しかも粉末である事で容易に燃え上がり、大抵の金属を熔かす。人体であれば肉と骨ごと燃やし尽くし、あとに残るのは燃えカスだ。
「まだまだ終わらせない……!!」
 月見は新たに手製焼夷弾を二つ取り出す。そしてキルシェの死角に投げ付けた。周囲に一気に眼も眩む光輝が生まれる。強い光にキルシェは残っていた左眼を痛みで瞑ってしまった。
 頭上から煌めく炎の雨が降り注ぐ。避けるべき活路がキルシェには見えない。このままでは全身が焼け爛れる――
「俺の方に跳んで下さい!」
 有栖の声。キルシェは即座に反応した。
 言われた通りに声のする方へと跳躍する。片腕が死んでいるせいか勢い余り、バランスを崩して滑りながらも有栖の許に辿り着いた。視覚が元に戻ると、急激に加熱され罅割れるコンクリートが視界に入る。余りの熱に内部の水が蒸発し、湯気を上げていた。
「また助けられたわね、役に立つわアンタ」
「何が何だか、必死ですよ……」
「十分よ――今からアンタがワタシの足りない眼と耳になりなさい、そっちの方が断然楽だわ。その眼なら可能でしょう?」
「ぜ、善処します」
 にゃはは、と皮肉とも冗談とも付かない笑い声をキルシェは上げた。
「いいわ、生き残ったらあとでキスしてあげる」
「うぇっ?」
「……柘榴に怒られるかしらね?」
 茶化しながら、キルシェは左手に剣を持って走り出した。
 迎え撃つ月見は、既に焼夷弾を幾つか投げている。先ず正面に、次いで右に、最後は左の瓦礫の影に。キルシェに捉えられるのは正面だけ。危険なのは右。となると最後の選択肢は左だが、攻撃を回避するならば一旦退くのが最良だろう。しかし彼女は止まらない、それではジリ貧だからだ。攻める為にキルシェは有栖を信じて走る。
「ひ、左を跳び越えて下さい!」
「――――っ」
 有栖の言葉は月見の点火と同時だった。
 火が噴き上がり、場は一瞬火口と化す。しかし流れるものは溶岩よりも熱い。キルシェは噴火の真っ只中に居り、全身に皮膚が焼け焦げる痛みがある。それでも彼女は止まらず進み、跳び越えた。
「あの人も、媒介者(ベクター)……!!」
 キルシェが有栖の指示で焼夷弾を潜り抜けたのを見て、月見は有栖の能力を確信する。眼で見えても位置は掴めない距離で、攻撃の抜け道を見つけた。こちらが燃やすタイミングも判る筈は無いのに、息を合わせる様な合図――読まれている。
 答えはそれしかない。
(だからカナエさんは巻き込んだの……?)
 一瞬過ぎる疑問。由と有栖が戦いに加わる事で、相性的均衡が取れていた。どちらかが突出する訳でもなく、戦況が混じる。膠着ではなく釣り合い。初めから公平に決着を付ける為に――?
 だが今はそんな事を確認する事は出来ない。
(あたしは……全力で燃やすだけ――!!)
 月見は次々と焼夷弾を投げる。緩急を付け、牽制を交え、追い討ちを掛ける――思い付く限りの燃やし方を。
 だが悉く躱される。ダメージは蓄積されている筈だが、しかし届かない。最初の一撃以上の致命打が与えられない、全て、有栖の指示によって。吸血姫はもう目前だ。
「一番の障害は……あの人」
 月見は呟く。
「――まぁ、当然だな」
 月見の言葉に応える様に有栖の背後、そこには由が立っていた。
 その声に瞠目し、有栖は振り向く。
「不器用だな。二人に気を配る事は出来ないのか?」
「おま」
 有栖の腹にナイフが刺さった。
「こ、の……糞っ」
 苦痛に顔を歪めて、気を失わない様に有栖は耐える。どうにか刺さったナイフを引き抜き由に襲い掛かったが、
「殺られたお前が悪い」
 一蹴された。文字通りに。
 顔面を蹴り付けられ転がり、有栖は動かなくなる。その様子を見て、仇敵を果たしたにも拘らず、由は無感動だった。
「さて、あとは化物だ」
 有栖の手からナイフを取り上げ、由は走り出す。この距離では吸血姫と放火少女の決着に間に合うかどうかは微妙だが――殺せるのならば自分の手で。
 片や、キルシェは射程距離に月見を収めていた。背後の有栖と由には気付かず、あと一歩の位置に踏ん張りを利かせている。
 ――これなら届く。
 燃えた右腕がギシリと軋むが問題は無い。片腕があれば剣は使える。月見に対してはそもそも一撃与えれば片が付く筈だ。このまま有栖の指示があれば確実に月見に手を掛けられる。
 再び焼夷弾が投げられた。キルシェはいつでも有栖の指示に従える様に左耳に集中する。焼夷弾の方向は真正面、他にも仕掛けられているかも知れない。放物線を描いて落ちてくる焼夷弾は、歩を止めなければ丁度、キルシェの腰の辺りに来るだろう。
(――――?)
 怪訝しい。
 有栖の声が来ない。まさか聞き逃したのだろうか。それとも左耳だけでは聞き取れなかったのか。湧き上がる不安。同時に、月見が何かを言っているのが眼に入る。
「あの人なら――」
 こちらの表情を推し量り、突き付ける様な口調で。
「己さんが斃しました」
 燃え上がる。落ちてきた焼夷弾は絶望と弾けた。
 虚。正に一瞬のそこを衝かれた。指示が無いという気掛かりを、事実に変えられた間隙。有栖が殺られたという事への僅かに見せてしまった動揺。通常の回避も行なえずに攻撃されてしまった。
「…………こんのっ!!」
 直撃だけは避けようと、キルシェは我武者羅に、燃える焼夷弾を左足を上げて踏み付けた。炎を瓦礫ごと砕き破片に押し込むが、決して燃えなかった訳ではない。火が消えた後にはぶすぶすと煙を上げ、左足は膝下までが黒くなっていた。被害は最小限に抑えられたが、それでも足はまともに動かなくなっている。
 剣を杖に、キルシェは這々の体だった。それでも紫の色の瞳に映る闘争心は微塵も衰えていない。
 月見はキルシェの様子を窺う様に立ち尽くす。
(もう、ちゃんと動かせる場所は殆ど無い)
 キルシェは右眼を潰され、片耳の鼓膜を破られ、右腕は炭化し、今は左足も燻っている。最早、敵としては脅威ではないだろう。
(けど、絶対に油断なんかしてやらないっ)
 吸血姫。その名を持つものだから。
 持ってきた焼夷弾の残りは、半分以上使ってしまってあと数個。使ってしまえばあっと言う間に無くなるだろう。だがここまでくれば、もう小出しにしても意味が無い。月見は鞄を肩から降ろした。そして持ち手を両手で握り、
(一気に燃やしてやる……!)
 キルシェに向けて焼夷弾ごと投げ付けた。
「この距離でその身体なら幾ら化物でも避けられないでしょ……!!」
 放られた鞄が宙を舞う。その途中で火が点き、見る見る炎の塊となる。向かい来る火の玉に対してキルシェは無防備だ。動かず、このままでは直撃するだろう。既に火の玉は焼夷弾にも火を回し、爆発しようとしている――しかしキルシェは笑った。
「この距離を待ってたのはワタシも同じよ」
 爆ぜる。
 燃えて弾けて焦がして滅する。焼夷弾は文字通りに着弾したものを焼き払う。跡形も無く原形が無くなり燻るまで、その暴力は衰えない。
 キルシェの姿は完全に炎に覆われている。上がっているのは煙なのか、それとも水分が気化しているのかも、彼女の様子が見えずに判然としない。だが、二三〇〇度の炎の直撃だ、生きている訳は無いだろう。残るのは人の形をした炭だ。
 しかし月見は動けなかった。炎が止むまで、そこから動く気がしなかった。
(あの最後の言葉……)
 違う、ただの負け惜しみの筈だ。待ってた、と言ったが、どういう意味で? あの状況で何が出来るという。避ける事も出来ないし防ぐ事も出来ない攻撃だった。身体はボロボロで、こちらの最大火力を集約させた一撃を、どうすれば回避が出来る……?
 頭では勝利を確信している。だが死体を見るまでは安心出来ない焦燥が、何故か煽られる様に渦巻いていた。
 激しい火が止み、煙も晴れて周囲の様子がはっきりとし始める。月見は焼け跡に眼を凝らし、吸血姫の死体を眼で追った。
「……そんな」
 唖然と、彼女は呟く。
 その視線の先には、全く変わらぬ姿でキルシェが立っていた。
「そんな、何で、何で無事なの?! まともに喰らった筈なのに、何で生きてるの!?」
 動揺を隠せずに叫ぶ月見に、キルシェは剣を見せ付ける様に地面に突き刺す。
「こいつはね、タングステンで作られてんのよ。融点は三四〇〇度、重量は一二五キロ。世界最硬、最重のワタシ専用の剣」
 絶句。
 月見は言葉が出ない。何て規格外な代物を扱っているのか。何て馬鹿げた事をしているのだろうか。何て常識外れな存在か。何て――
「何て巫山戯た化物……!!」
 二三〇〇度の炎を三四〇〇度に耐える盾で防ぐ。それは理に適っている。適っているが――普通は眼と鼻の先の爆弾をたった一枚の金属で無力化しようなどと考え付くだろうか? そしてそれで耐え切る自信があるだろうか?
 最後の最後で攻撃の手を潰された。こういう事だったのだろうか、『待ってた』の真意は。自分が止めの一撃に全力を傾ける事を予想して、それを防ぐ事で攻め手を無くす……完全防御が前提の奇策だ。そしてそれを、吸血姫は遣って退けた。
 月見は落胆よりも怒りが湧いてくる。今までの攻撃も、ああすれば防げた筈だ。迷う事無くこちらに到達し、あっさりと両断する事も出来ただろうに――実質、自分がまともに与えられたダメージは奇襲での腕の分しか無いという事が腹立たしい。
「そんな方法であたしの炎を消すなんて……無礼てたって事なの!? あたしを……〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟のあたしをっ!!」
 月見は感情を全て怒りに変えた様に炎を放つ。通じないと判っていても我慢が出来ない、理性が利かない。対等だと思っていた、ある意味信用もあった相手に馬鹿にされた。それは裏切りの様で、彼女は泣きそうな顔でキルシェを燃やす。息荒く、無茶苦茶に。
 だが当然、吹き荒れる火の嵐の中、キルシェは平然としていた。
「なぁに切れてんのよ。無礼る? 出来たらいいわね、そんな贅沢。けど見ての通り、アンタ相手にワタシは満身創痍。だからこの距離と状況を待ってたのよ――」
 ぐっ、と無事な右足に力を込め、左腕に剣を握り締めると、キルシェは一足飛びに月見との距離を詰める。跳んできたキルシェに月見は、きゃっ、と細い悲鳴を上げ尻餅を付いてしまった。
「ワタシの間合いでアンタからの反撃が無いって状況をね」
 その言葉で月見は自分の思い違いを知る。
 キルシェは焼夷弾を防がなかったのではなく、防げなかったのだ。
 飛んで来る火の雨の直撃を、片目片耳では捌き切れない。況してやそれが豪雨であり、逃げ道を探す事しか出来ないのだから。故に、彼女は月見が最後の最後で、追い詰められた時に放つと思われる最大の一撃のみを集中して防ぐ事しか出来なかった。他の攻撃に移動の足を休めた途端に、炎に飲み込まれる事は眼に見えていたのだ。だから結局のところ、それは五分五分の賭けにも近かった。
(でも、どっちにしろ結果は変わらないよね――)
 月見の目の前には既にキルシェが立っている。既に反撃の手立ても、起死回生の手段も見付からない。
 最期に、とキルシェは言った。
「アンタはこれを鈍器だと思ってた様だけど、こいつはオリジナルのダマスカス鋼の製法を参考に作られた、何よりも斬れる両手剣よ――痛みは無いわ、安心しなさい」
 剣が振り下ろされる。自分目掛けて。死が。
 何処かで、運命の采配者がほくそ笑んだ気がした。けれども何て事は無い、それは自分だ。永劫回帰の裏側に立っている自分だ。
 何だ、こんなものなんだ――月見はいやに冷静な気持ちで嘆息した。
「神様の意地悪」
 音も無く、肉が斬られて血が飛んだ。
 びしゃり、と顔が血塗れになって、口に中で鉄の味が広がった。瞼の上から伝ってきた赤い雫が視界を染め上げる。
 状況が。
 意味が。
 全てが。
 何故、目の前で由が右腕を斬り落とされているのか、月見には理解出来なかった。
「アンタ……」
「……何でだろうな? 俺にも解んないな……、キルシェさん」
 ボタボタと由の腕からは血が止まらず流れ出る。両腕が無くなった由は苦しそうに、だが皮肉気に笑いながら続けた。
「殺人鬼の俺が……女の子を庇う、なんて……理解不能だな。こんな事なら、最初から、躊躇わずに殺しておけば――」
 そこで由は、あぁ、と自分の言葉で何かに気付く。
「そうか……何だ、そういう事かよ――」
 何かを言いながら、由はぐらりと横に倒れた。その姿を見て、月見は呆然として、何も考えられず――自分から気を失った。


8/さよならフリードリヒ

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