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Miraculous Answerer 2/吸血姫の来訪

2/吸血姫の来訪


 瀟洒な洋館の塀に、一人の女が寄り掛かっていた。
 長く真っ直ぐに伸びた白金のブロンドに、紫水晶の様な妖麗な眼。徒でさえ浮世離れした容姿に加えて、すらりとした背格好は、彼女に踏み込み難い雰囲気の圧を加えている。一目で異邦人であると判る彼女――キルシェ=B・ティリングハーストを知る一部の人間は、彼女をこう呼ぶ。
 〝吸血姫〟(ブラッドサッカー)と。
 それは畏怖を込めての皮肉ではあるが、決して比喩等ではない。事実としてキルシェは血を吸う。
 媒介者(ベクター)の研究を行っている複合企業・オルガノンに所属し、異能者専任の終止者(クローザー)である彼女もまた、異能者の側に居るのだ――血を吸い戦う妖姫として。
 その彼女が今、その手にとてもじゃないが、似つかわしくない物を持っていた。その端麗な容姿にも纏う空気にも、はっきり言って場違いである。
 それは鯛焼きだった。
「……粒餡と漉餡の違いが判らないわ」
 明らかに近くの店で買い食いしているものである。
 キルシェは右手に半分齧った鯛を持ち、左手には持ち帰り用に箱詰めされた数匹の鯛が入った袋を持っていた。
「同じ餡子じゃない……何が違うのかしら」
 餡子の粒と漉の違いを真剣に悩みながら、彼女はまた一口鯛焼きを食べる。因みに今食べているのは粒餡だった。
『何してるのさ、キルシェ』
 ふと、塀に寄り掛かって黙々と鯛焼きを食べていたキルシェに声が掛けられた。しかし彼女の周りには誰も居ない。洋館の塀の上に、黒猫が一匹居るだけである。
 久し振りねー、ランガージュ――相手の事を知っているのか、その何処とも知れぬ声に、キルシェは全く動揺せずに答えた。
「鯛焼き食べてるの、鯛焼き。欲しい? 欲しいかしら鯛焼き? あげないわよ、ワタシのだから」
『誰もそんな事は訊いてない』
 ランガージュと呼ばれた相手は、少し苛つきを孕んだ声を出す。
『あたしは何しに来たって訊いてるんだ。それと、〝言語活動(ランガージュ)〟なんて能力名であたしを呼ぶな。あたしの名前は藤堂柘榴(ざくろ)だ』
 キルシェは残った鯛焼きの尻尾を口に咥えると、ふぅん、とその紫色の瞳を塀の上の黒猫に向けて言った。
「猫なのにファミリーネームを名乗るのね。全く、カナエも何考えてんのかしら、自分の監視役に名前なんか付けちゃって」
『煩いな。いいから答えなよ』
「あ、ちょっと怒った? 折角貰った名前を貶されて怒った? ザクロちゃんってば向きになっちゃって、かーわーいーいー!!」
『……もうすぐ還暦の癖に何を若振ってんのさ、ウザさに拍車が掛かってるよ』
 自らを藤堂柘榴と名乗った黒猫は、キルシェに対して冷たい目線を送る。尤も、キルシェが猫のそれを読み取れたかは不明だが。
 キルシェは新しい鯛焼きを食べながら答えた。
「肉体年齢なんてワタシみたいなタイプの論理兵装(ロジカルアームズ)には関係無いわ。歳取らないし、ワタシはずっと二十代っ!」
 だから綽名が〝吸血姫〟なのよー、と彼女は皮肉気に微笑う。
『あたし達(ベクター)と違って、科学が意図的に生み出した化物ってだけだろ。しかも適当な推論で造ったとかいうさ』
 呆れた様に言う柘榴に、化物と呼ばれたキルシェは綽々と答えた。
「厳密には、偶然見つけた生体金属で人体実験を色々やってるってだけよ。それで理論体系が無いのに出来ちゃったものを、困ったから論理兵装(ロジカルアームズ)なんて呼んでるだけ。意図的って言うより、研究の副産物よ」
『ふぅん。で、その兵器さんは結局何しに来たのさ。そっちの主な仕事は、管理出来ない媒介者狩りだろ』
「よく判ってるわね、そうよ。だから来たの」
『……は?』
 キルシェの言っている事が理解出来ず、柘榴は虚を衝かれた様な声を出した。
「だから言ってんでしょ。媒介者(ベクター)が居るのよ、近くに」
 いつの間にか持っていた鯛焼きを全て平らげていたキルシェは、手に付いた汚れを叩きながら言う。
「ホロコーストって名前の放火女がね、カナエを狙ってんの」
 キルシェの口振りは相手を知っているものだが、それは決して好意的なものでは無い。表情こそ余り変わっていなかったが、紫の瞳は据わっていた。それとして、柘榴は訝しげに眼を細める。
『狙うって……何でカナエの事を知ってる奴が居るのさ? そもそも情報は会社から漏れない様にしてあるんだろ』
「そうなのよねー。カナエについては能力が能力だから、ワタシが全部機密扱いにして情報を閲覧禁止にしてる筈なんだけど。それに、見るにしてもワタシを通さないといけないから、見た奴が居たら判る筈なのよ」
 なのに、とキルシェは一拍強調して言う。
「それがバレてる。しかもよりによって、三年前に大暴れした放火魔――新鷹月見にね」
『そいつがホロコーストってベクターの能力者?』
「えぇ、そうよ。三年前にケリを付けたと思ったんだけどね、ずっと大人しくしてたし。それが今更になって、カナエを狙ってるなんて情報が入ってくるもんだから吃驚したわ」
 あーやだやだ、とキルシェは頭を振った。
『その、ツキミって奴は何でカナエを狙ってるのさ?』
 柘榴の質問にキルシェは「さぁ?」と肩を竦めて素っ気無く答える。
「知らないわ。原因があるとしたら、カナエの道楽でしょ。何か心当たり無いかしら、ランガージュ? 一応、カナエの監視役でしょ」
 言われて、柘榴は思い出す様に首を傾げ、
『…………』
 沈黙の後に、にゃー、と一度鳴いた。
「誤魔化したわね」
『違う。寧ろあたしは心当たりが多過ぎて困ってるんだ』
 柘榴の言葉に、はぁ、と呆れた溜め息を吐きながらキルシェは髪を掻き上げる。
「やっぱりカナエの方だったのね。全く、軟禁状態だからって暇潰しも程々にしてほしいわ」
 はあぁ、と今度は大きく疲労の溜め息を吐くと、ザクロちゃーん、とキルシェは如何にも適当な具合に言った。
「カナエが狙われる理由だったら、多分本人に訊いた方が早いわよー」
 それに対し柘榴は黙ってくるくると喉を鳴らす。キルシェを鼎に会わせるのに少し悩んでいた様だったが、やがて、仕方が無いとでも言う様に項垂れた。
『中に入りなよキルシェ。いつまでも外に居たって意味無いだろ』
 とん、と柘榴は塀から降りるとキルシェを敷地の方に誘う。お邪魔するわ、と彼女はそれに付いて行った。
 あ、そうだ――中に入ろうとしたキルシェが、思い出した様に言う。
「忘れてたわ。ランガージュ、一つお願いがあるの」
『何?』
 キルシェは『伽藍の堂』という屋号の洋館の扉を指差し、言った。
「鍵、開けて頂戴」


3/懐古と現状と

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