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4.世界一

4.世界一


「あの、佐渡さん」
「何かしら真麻君」
「椅子、使わない?」
「使ってるわ」
 授業の道具の準備を頼まれてるからと、資料室に付いて行ったぼくは、佐渡さんに問い掛けたところ即答された。
 佐渡さんは資料室に来るや否や、棚の上にあるものが必要だから、それを取る為に手伝ってという旨の話をしたので、ぼくは了解の返事をしたところ何故かそのまま背中を足蹴にされた。
 つまり、

      [目標物]
佐渡さん→ ○//
        |
         //
     _| ̄|○ ←ぼく

 こうなっている。
 先刻の問答は意味はというと賢明な方なら、ぶっちゃけ説明しなくてもいいだろう。というよりも、お願いだから自尊心というものがぼくに許されるのならば、文章化というプロセスを通してこれ以上の微に入り細を穿った説明をする事で、状況を詳らかにそして鮮やかに、ぼくの押しの弱さを披露する事は回避したい。
 そして名誉の為に言っておきたいのだが、椅子はある。椅子(ぼく)ではなくて、ちゃんとしたパイプ椅子、望むのならば机を動かして更に条件を良くする事は他愛も無い。
「あの……せめて靴を脱いで頂けませんでしょうか」
「何故? 何でそんな七面倒臭い事をしないといけないのかしら、履いたままの方が荷物を取ってすぐに降りられるじゃない。それに、重いものを持って足元が定まらないまま靴を履けと言うのかしら真麻君は」
「あ、はい。済みません。ぼくが悪かったです」
 何かもう駄目です。反論する事すら意味が無い気がします。あと、口答えする事に対する罰なのか、革靴の踵で背中を躙られて地味に痛い。せめてこれが靴ではなくて足の裏だったなら女の子に足踏みマッサージされてる中々のシチュエーションとして脳内変換で乗り切れたと思ったんだけれども、うどん作り並に踏まれているのが現実です。
 佐渡さんは暫く棚の上の荷物と格闘していて、たまに「んっ」と力を込める声が聞こえてきた。結構可愛い。普段の硬い口調とのギャップがこれまたどうしてそそられるものがあるのだけれども、自分が椅子にされている事を三秒毎に床との睨めっこのせいで思い出して我に返させられる。
 漸く道具を取れたのか佐渡さんはぼくの背から足を下ろすと、一息吐いて座った。
「…………」
 ナチュラルに座られた。
 いや、いやっ。確かに先刻よりも随分マシな状態にはなったし、柔らかいお尻が背中に当たっていてスカートの布地越しに体温が伝わってくるのは結構、えも言えぬ気持ちよさがあるのだけれども、適度に苦しくない重さがまた前の背中の痛みと比べると楽な感じが。
 あぁそうだよ! 間接的とは言え女の子の身体が密着しているのは悪い気はしねぇよ!!!
 駄目だ駄目だ。何だかヒトとして超えてはならない方向に傾き始めている気がする。心はもっと大切に扱おうじゃないか。簡単に折るのは良くない。
「佐渡さん、荷物取れたならもう椅子は要らないよね」
「……怪訝しいわ。椅子が座られる事に不平を鳴らすなんて」
 はっはっは。
 最早この時点でぼくは人間よりも椅子としての用途の方が上らしい。
 というか、何でそもそもぼくは彼女に気に入られたのだろう。文句を言わない道具としての才能を見込まれる様な事を仕出かした覚えは無いし……それ以前に今まで佐渡さんと会話した事も殆ど無いよ。
「一つ、訊いてもいいかな?」
「何かしら」
「佐渡さんは、どうしてぼくを選んだの?」
 沈黙。
 また何かすぐに用意された答えが返ってくると思っていたのに、意外にも佐渡さんは少し息を呑む様にしてから、短く嘆息した。
 そして戻ってきた返事は、
「私、苛めっ子だったの」
「……はい?」
「小学校、中学校と続けてね」
 ぼく、どんな質問したんだっけ?
 何でよく判らないカミングアウトされてるんだろう。
「あの頃は楽しかったわ。何も考えないで皆と一緒に特定の人間を泣かせたり、傷付けたりして。学校って便利だと思ったわ、教師は面倒を嫌うから、クラスで一番煙たがられている子を苛める事に誰も文句を言わなかった」
 しかも最低な人間性を吐露されてるんですが。
「でもね、ある時気付いたの。私は周りの子とスタンスが違うって。私だけだったのよ」
「それって、どういう……」
「苛めっ子ガチ勢」
 えぇー……そういう話なの……何かこういい話にシフトするとかそういう転調じゃなくて?
 しかも苛めっ子のガチ勢って始めて聞いたよそんな分類……。
「本気で人が傷つく様を見て喜んでいるのは、私だけだったの。当然、周りの人から見れば行き過ぎに思われて引かれる事も一度や二度じゃなかったわ」
 暗い過去話なんだろうが、余りにも内容が内容で寛容に全容を形容したとしても許容出来るものじゃなくて反応に困る。
「えっとぉ……それがぼくにどう繋がるのかな?」
「高校生になってからは、それが判ったから出来る限り自分を抑えて人間関係が破綻しない様に、精々毒舌キャラで済む程度にしていたのよ。その一年生の夏に、初めて貴方を見たわ。クラスでどんなにイジられても、その立ち位置を嫌がらずに受け入れてる貴方を」
「あぁ……まぁ、確かにぼくはイオとかとツルんでたから、ボケに対するノリ突っ込みに段々と理不尽な対応を求められる様にはなったけど」
 この前とか、その顕著な例だろう。
「それよ。私は真麻君の、どんなに辛い状況に置かれてもそれを受け入れる事が出来る人間性に注目したの。そして、暫く観察してて解ったわ。内心で貴方はそのポジションを愉しんでいると――どんな形であれ、求められる事が嬉しいのだと」
「えっ。ちょ、それって」
「そういう才能がある人間だと、私は確信した。だから、勇気を出して告白したの」
 色々と言いたい事があるけれど、先ず言うべき事はこれだろう。
「ぼく別にそんな被虐体質じゃねぇよ?!」
「本当かしら?」
 嘲笑を含んだ一言と共に、佐渡さんはぼくの首筋に手を伸ばした。そして撫でる様に指を這わせて、耳の裏を突いてくる。
「先刻の事、忘れた訳じゃないわよね? どうして私の言葉に従ったのかしら? どうしてされるがままに言う事を聞いたのかしら? 女の私に抵抗するなんて本当は簡単に出来る筈なのに――」
「それはっ」
 思い出す。
 ぼくは、敢えて――いやわざと言う事を聞いた。
 言葉を続けられない。
「そうよ」
 佐渡さんは持っていた荷物を放して、ぼくの背中に寝そべってくる。真綿で絞める様な優しさでぼくの首に手を回し、覆い被さる様に耳元で囁いた。垂れた長い黒髪がぼくの顔の真横で揺れて頬に当たりくすぐる。
「だから選んだの。だから貴方を好きになったの。見ている内に想いが募ったの。こんなどう仕様も無い私でも、きっと何とかしてくれると思って」
 囁きはもう殆ど息を吐く様な距離で、唇が耳に触れている。首に回されていた手は、気が付くと腕に変わっていて寝転がって僕を抱きしめる様になっていた。
「多分――いえ、絶対、貴方の人生の中で私が貴方を誰よりも考えて見てきたわ。その私が言うわ、貴方を最も大切に好きになるのは私だけよ」
 僕は、振り向けなかった。
「納得してくれたかしら……?」
 最後に、ぼくの耳を食む一言に対しても振り向けなかった。
 暫くの、しな垂れ掛かる抱擁に、ぼくはただ後悔する様に無言で床を見つめていた。

5.透明

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Miraculous Answerer

 ■Miraculous Answerer
 燔祭を行う少女は疑いを抱く。己の運命の上に立つ何かに。
 己を誤魔化す吸血鬼は戦いに身を投じる。使命があれば自分を殺せるが故に。
 伽藍の堂の女主は神を問われても微笑みを浮かべて沈黙するだけ。
 灼然への回答者となる者を眺める為に――

Lightbox版
         :了
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イラスト置き場






■Memory Isotope


■月は何も語らない
      

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3.好奇心

3.好奇心


「ちょっといいかしら真麻くん」
「えっ、あ、うんっ」
 授業の合間の休み時間に、告白(の様なものの筈だ)をされたというのに、今まで特に何も関係に変化が無かった佐渡さんに突然呼び出されて、ぼくは動揺を隠せず吃った。というよりも、あの日の傍若無人な恋人兼下僕宣言の一連の流れにPTSD的なアレっぽい感覚を抱いていたという方が正しいかも知れない。人はそれを怯えと呼ぶ訳ですが、『異邦人』並の理不尽っぷりに曝された後に端的に言えば『付き合え』と脅されたのだから仕方無い。
「おー? 真麻くんってばカノジョに呼び出しですかー!? 妬けますねこのヤロー! 嫉ましいですねこのヤロー! 合わせて嫉妬だこの野郎……!!」
 後ろではイオが煽り立てて騒ぐのだが、ぼくとしてはSHIT。戯言的な意味で。せめてぼくも某作品の主人公みたいな人格だったら良かった。幾らかこの状況に順応出来ただろうに。
 長い黒髪の彼女はそこで軽く首を傾げさせながら、細くしなやかな糸の様な髪を揺らして微笑った。
「ごめんなさいね、五百旗頭くん。ちょっと真麻くんを借りるわ」
 ふわりと。
 信じられない程柔らかい笑顔をぼくは初めて見た。
 そしてその笑顔を見て、ぼくは再度認識した。
 あぁ、やっぱり――あの時、ぼくは彼女に魅せられたのかも知れないと。
「おっ、あ、いや別にオレは」
 佐渡さんに面と向かって話し掛けられたのにイオが動揺すると、彼女は「あぁ、いいわ」と続けた。
「お願い、不愉快だからそれ以上喋らないで。私の恋人を辱めようとした人間の口から出る呼吸すら感じたくないの。最早視界に入っている事自体が耐えられないぐらいなのよ、不条理だわ」
「……え」
 思わず漏らした呟きはぼくかイオかどっちのものだったろう。
「せめて貴方の綽名の『爆発呪文』らしく潔く爆心地になって爆散して消えるのがいいと思うわ。これ以上『五百旗頭鬨日出』という人間が空間を占める割合を残しておくべきではないし、社会的にも貴方の様な他人を貶める事を楽しみの一環とする人格者は必要無いわ。要約すると死ね」
「あ、あのっ……その、ごめ」
「喋らないでくれる?」
 ぴしゃりと一言。圧倒的な立て板に瀑布の様な罵詈雑言の前に、ぼくもイオも何も言えずに、寧ろ逆らえる雰囲気ではなく、ただ黙りこくるしか無かった。
「じゃあ、付いて来てもらえるかしら真麻くん」
 当然の様にぼくは無言でこくりと頷くだけで、ただ言われるがままに追従するしかない。廊下に出て少し歩いていると、ケータイにイオからメールが届いた。
『(´・ω・`)』
 返した。
『カワイソス(・ω・`)』
 そりゃあ、誰だってアレはへこむよね……泥濘に打たれる杭の様に沈んでいくというか潜っていく様なイオを、見てるぼくの方がへこみそうだったもん。あの沈みっぷりって言ったら隣で見てて土遁の術かよってぐらい見事に目で判る程のものだったし。
「真麻くん」
「はっ、はひっ?!」
「何やってるの? ちゃんと付いて来てよ」
「あ、うん。ご、ごめん……」
 ケータイを弄って立ち止まったぼくに佐渡さんは気付かなかったらしく、大分先の方で待っていた。慌てて小走りで駆け寄ると、彼女は歩き出さず無言でぼくを見つめてくる。
「…………えっと」
 怒ってる、のかな?
 表情の変化が少な過ぎて顔から彼女の機嫌を読み取れない。ただ、この雰囲気と何も言わない圧力からすると、怒っているというのが一番近い様な気がする。
「ご、ごめん。佐渡さん」
「……ねぇ、真麻くん」
 すっと、彼女は手を出して指先でぼくの胸を軽く突いた。
「私が今、何て言ったか訊いてた?」
 お、怒ってるよこれー!! だってぼく全然何も聞いてなかったもんねー!!
 でも正直に「いいえ」なんて答えたら何をされるか判らないし、詰られるだけなら兎も角暴力は嫌、痛いの反対。
 と、取り敢えず適当に話を合わせて何とかしよう。
「う、うん。訊いてたよ」
 佐渡さんはずいと指先でぼくの身体を押した。されるがままにぼくは壁を背に追い詰められる。彼女の細くて白い脆そうな指が、磁石の反発の様にぼくを後ろに歩かせた。
「私何も言ってないわ」
 嵌められたぁー!? っていうか墓穴掘ったあああああああああ!
「酷いわ、嘘を吐くなんて」
 爪でなぞる様に彼女はつつ、と指を胸に這わせて掌をぼくの心臓の真上に当ててくる。彼女はそのまま上目遣いで下からぼくの顔を覗いてきながら距離を詰めて来た。
 いやでも先に嘘を吐いたのはそっち、等と反論する勇気がぼくにある訳も無く、彼女の薄い唇を間近に見ながら次の言葉を阿呆の様に待つ。
「貴方は私の下僕で、恋人でしょう?」
 息が当たりそうな――いや息は当たっている。彼女の髪が揺れている。そんな位置で、ぼくはこれから佐渡さんの行動が読めない事よりも、目の前の女の子の匂いで心臓の音が大きくなっている事が、彼女の手に伝わってしまわないかと、何故か緊張していた。
「それなら、“らしく”する様に努めるべきじゃない?」
「う……ぁ、その」
 心臓が。
 血流が。
 汗が。
 ぼくは。
 ぼくはぼくはぼくは。もしかして、興奮してないか?
 背徳的な彼女の言葉に、責める彼女の態度に、酷い言葉を突き付けてくる、すぐ傍にある彼女の柔らかく小さな艶やかなピンク色の唇に――悦んでないか?
 興味が出てきてしまった。
 このまま、素直に佐渡さんの言う通りにすれば、彼女はぼくに何をしてくれるのだろうと。この後に何が続くのだろうと。
「は、い……済みません、佐渡さん」
 ぎりぎりの理性で目を逸らしながら謝罪すると、確かに彼女は微笑った。ふふ、と婀娜な吐息を吹き掛ける様に微笑った。そして、彼女の掌から一瞬震えが伝わって来たのをぼくは感じた。
「よく出来ました」
 言うと、佐渡さんはぼくの襟元を掴んで無理矢理引き寄せると、キスする様にぼくの下唇を甘噛みした。
「ん……」
 少しだけ、呻く。
 僅かに唾液が糸を引いて、彼女の身体が離れた。
「先生から次の授業の準備を頼まれてるの。真麻くん、手伝ってくれないかしら?」
 彼女は何事も無かったかの様に言って、ぼくも何事も無かったかの様に答える。
「……うん、判ったよ」

4.世界一

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海に行くという事になった(中略)話

※この話はフィクションらしいです。登場する人物、団体は実在のものとは一切関係ありません。あと本編にも関係ありません。



 海に行くという事になったので皆にわいわいやらせてみようというコンセプトの下に書いてみたギャグとは銘打ったものの人数を扱って動かす描写スキルが不十分な上に今一つ経験値が無いので割と醒める出来になっちゃっても許してねと最初に釘を刺しておく話(タイトル)


 どうも初めまして槻木涼(つきのきりょう)です。本編ではまだ紹介もされていない登場人物の僕ですが、今回は語り部をさせてもらう事になりました。
 恐縮です。
 というか嫌な予感しかしないぞこの野郎。
 現状既に僕は碌でもない目に合う節がひしひしと感じられている。まだ何も起きていないが、それは決して平穏無事で済む事を示す訳ではない。現に『嵐の前の静けさ』なんていう有り難くも無い先達の軽妙なる表現のお言葉がある。
 殊更に、彼女が――簓木鏡花(ささらききょうか)が、僕に絡む時には碌でもない事が企画済みだと相場が決まっている。
 っていうか、暁夜鳥(あかつきぬえ)と黒木彼方(くろきかなた)を生徒会室に呼んでる時点で、もう何か色々間違ってるよね!! 僕のオルガノンの下っ端エージェント設定は何処に行ったんだよ! 交友関係は限定的に収めている筈だったのに……
「という訳で、海に行くわ」
「はぃ?」
「何今の返事? 水谷豊の物真似? 似てないわね。聞こえてなかったのならもう一度だけ言ってあげてるけど、海よ。夏なんだから海に行きたい、って話を今の今までしてたじゃない。まさか聞いてなかったとは言わせないわよ?」
「いやいや、話し合い開始何秒も経ってなかった気がするんだけど。というか、そんな描写は全く無かっただろう」
「馬鹿ね、シーンカットっていう技術が時には必要なのよ」
「ただのメタ発言じゃねぇか!?」
 はいはい、それじゃ話を進めるわよー、と簓木は僕を無視した。
「ヌエもカナちゃんも、海に行くって話は了解かしら?」
「あたしは別にいいよー、海に行くの初めてだから勝手がよく判らないけど」
「俺も、別に構わないが……」
 謎のシーンカットとやらにあっさりと順応して答える二人。僕が一人だけ怪訝しいのか。そう思った中、何故か暁夜鳥は煮え切らない態度で言い淀んだ。
 それに黒木彼方が訊く。
「あれ、何か都合悪いの、ヌエ?」
「いや、都合っていうか、その……」
 彼女は決まり悪そうに目を伏せ、
「……俺、水着持ってない。学校の奴しか」
 少し恥ずかしそうにそう言った。
 それに超反応で立ち上がり喰い付いたのは黒木彼方。
「スク水ッ!? ヌエがスク水?! 着てるところ凄く見てみたい!!」
 正に『ガタガタッ』というネットのアレ。
「ほら来たよ! 捺夜がそういう反応見せるだろうから、言い難かったんだ!」
「だってヌエがスクール水着を着るんでしょー、見―たーいー。絶対に可愛いもん、萌えるし! ヌエで萌えたいー」
 やたらと懐く猫の様に、黒木彼方は嫌がる暁夜鳥に撓垂れ掛かってスクール水着要請をする。何これ、空気がフワッフワッしてるんだけど。
「黒木彼方って、ああいうキャラだったっけ?」
「一ページ目の注意書きを忘れたのかしら槻木君? これは本編には一切関係無いのよ」
 なるほどなー。
 納得出来ねぇよ。
「いいじゃない、水着が無いなら今から買いに行けば。私もどうせだから新しく買いたいし、何よりヌエの水着を選ぶってのがこの上無く楽しそうだわぁ」
 ふふふっ、と妖しいというかもう完全に権謀術数で愉しむ事しか頭に無い顔で簓木は微笑う。完全にただのSです。
「あら失礼ね、そんな事無いわよ?」
 人の心読むんじゃねぇよ。
「どうかしら二人共。折角だから今から買いに行くのもいいと思うんだけど」
「うん、そうだねー。あたしもちょっと見ていこうかなぁ……初めてプール以外で泳ぐから、用意しておいた方がいいものがあったら買いたいし」
「俺は、あんまりそういう店に行かないから、教えてもらえると助かるかな」
「教えるよ! あたしが幾らでも教えるよ! ヌエの水着を選べる機会なんて滅多に無いんだから、普段の着せ替え欲求を満たす為にあたし頑張るよ!!」
「やっぱり遠慮してもいいですか」
「駄目よ。私だってヌエの普段の私服の選び方には口を出したくて堪らなかったんだから。せめて水着くらい私とカナちゃんで選ばせて欲しいわ」
「俺の趣味で俺が着る物なんだから別にいいだろ……絶対にやたらと俺に似合いそうにない恥ずかしいモノを押し付けてくるのが目に見えてるっ」
「違うの! 似合うの!!」
「何だその断言」
「そもそも私が海に行きたいのも、ヌエを水着姿にしたいだけだし。それでヌエが恥ずかしい思いをするだけで私の目的の五割は達成されるわ。あとの五割は槻木君が勝手に犬神家ばりに泥沼に嵌ってくれる事は判ってるから」
「お前色々と言っている事が怪訝しいぞ!?」
「普通よ。それとも、ヌエを赤裸々に引ん剥きたい! こう言えばよかったのかしら?」
「止めろ、お前が言うと割と本気臭いから止めろ」
「取り敢えず要約すると、ヌエはあたしと鏡花ちゃんと一緒に水着を買いに行くんだよね?」
「何でそうなる!!」
「えぇー、いいでしょヌエー。おーねーがーいー」
「おい、ちょっと、抱き付くなよ捺夜」
「もし言う事聞いてくれないなら、ヌエから預かってるCDのジャケットと中身を全部ランダムに入れ替える」
「何だその地味な嫌がらせ?!」
「あと序でにヌエのミュージックプレイヤーの曲を全部逆再生にする!」
「うっ、俺が機械音痴なのをいい事に……!」
「私は初めて買ったケータイを、着信に驚いた弾みで壊す様なレベルの機械音痴が悪いと思うけど」
「う、ううう煩い! 仕方無かったんだ! あの時はケータイが音と一緒に震えるなんて知らなかったんだ!!」
「あらあら? それで何でケータイが八十七個のパーツになるのか、私にはさっぱり解らないんだけれども?」
「あ、そう言えば鏡花ちゃん知らなかったよね。ヌエさ、有馬君にパソコンの使い方を教えてもらってる時に、どうしてかUSB端子を潰しちゃって泣きそうに」
「あーあーあーあーあー!! 判った、判った! 行くから、水着買いに行くから! 自由に選んでいいから!!」
「言質は取ったわ、私達の勝ちねカナちゃん」
「やった、考えるだけで楽しくなってきたっ」
 ……あれ。
 僕、今回の語り部じゃなかったっけ?
 何かハブられてねぇ?



 で、何やかんやと当日です。
 これは決して水着買いに行くシーンを書くのが面倒臭かった訳じゃなくて特に何事も無かったから端折っただけであり本当に別に怠惰な理由ではなくそのまま整然と海に行く予定の日が来てしまっただけの事。
 そう、ただそれだけの事。
 マジで。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
 常日頃からの鉄面皮での無愛想面で言ったのは、探偵・黒木晨夜(くろきしんや)。
 彼は黒木彼方がどうしても一緒に海に行きたいと駄々を捏ねて、事務所内での家事ストライキを起こす事で漸く来る事に了承したらしい。
「探偵さんは名目上引率ってところかしらね。一応、私達は皆まだ学生だし」
 そうか、と簓木の言葉に簡単に応える。どうやら海に行く事に関して自分が面倒に巻き込まれる事にならないのならば、どうでもいいらしい。
「ところで、質問が一つある」
「何ですか晨夜さん?」
「これは何だ?」
 ポン、と彼が手を置いたのは夏の日差しを受けて、鈍重な光を照り返す四輪駆動の金属の塊――要はワゴン車。
「どう見ても車だろ」
 暁夜鳥が言う。当然の事だけど。
「俺がそんな事を聞いているのかと思ったのか。何故、ここに車が移動手段と用意されているのかという事を俺は聞いている」
「何だ、そんな事か。それは簓木が用意したものだよ」
「それで? これは誰が運転するんだ?」
「誰って……そりゃあ勿論」
「俺は運転免許を持っていない」
 さらりと、黒木晨夜はこの場の前提が破綻する様な事を言った。
「……はぃ?」
「水谷豊の物真似か。似てないな。もう一度言おう、俺は運転免許を持っていない」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て。この車を用意したのは簓木だろう? 予め運転出来る人間が居る事を知っていて用意したんだろう?!」
「あたしも晨夜さんはてっきり運転出来るのかと思ってました……」
「黒木、お前運転出来なかったのか。じゃあ、どうするんだよ?」
 あたふたと三人で慌てていると、簓木が言った。
「ねー? ホントねー、大変ねー? どうしましょうかねー?」
「君また何か仕様も無い事考えてるな!!」
 顔が笑いを堪えて空気の抜けてる風船みたいになってるじゃないか! しかもこの事態に対して無茶苦茶余裕があるし――いや、そもそも僕は考え違いをしてないか? 簓木が、コンスタントに僕を陥れるのに定評のある簓木鏡花が、こんな単純で簡単な下調べ段階のミスをするだろうか?
 これは、もしかして、僕に対する、
「折角車も用意したんだし、こうなったら運転出来る人がするしかないわよねー?」
 ――殺す一刺し。
「えっ。もしかして鏡花ちゃんが運転するの?!」
「いや、お前まだ高校生だろうが」
「私じゃないわよ、法律違反になっちゃうじゃない。運転するのはね」
 嫌な予感しかしない。繰り返す。嫌な予感しかしない。ぐるりと、簓木は蛇の目で僕を微笑う。
「槻木君よ」
 ほら。きたこれ。
 何この華麗なキラーパス。惚れ惚れして受け取る前に死にたいんだけど。
「まぁ……、待ちなよ。落ち着きなよ。確かに僕は運転技術は持っているけれども、免許を持っている訳じゃないんだから違法に――」
「槻木君だったら別にいいわよね?」
「いやその理屈は怪訝しい!!」
「まぁ、涼君だったら……」
「槻木ならしょうがないな」
「何で納得するんだ君達は!? 黒木晨夜! 君は仮にも引率という立場で、しかも黒木彼方の保護者だろう?! 少しは止めるとかいう事をしたらどうなんだ!!」
 一喝すると、彼は本を閉じて(というか今まで無視して本読んでやがったな)面倒臭そうに一瞥した。
「――法律などどうでもいい」
「何カッコよく言ってやがるんだああああああああ!!」
「ほらほら、早くしないとページ数の無駄よ。さっさと運転しなさい。大丈夫よ、安全運転さえしていれば警察にとっ捕まる事は無いわ」
「納得出来ない。いや、納得して堪るものかっ――って、君達何で無視してもう車に乗り込んでるんだ!?」
 ちゃっかりもう全員荷物も積み込んで、もう完全に準備万端にしている。エンジンも掛かっていて大変地球に優しくないアイドリングで、二酸化炭素を撒き散らしながら僕の事を待っていた。
 しかも助手席には簓木。
 彼女は口をぱくぱく動かして僕に何かを言っていた。何を伝えようとしているのか判らないので唇を読んでみると、
『早く来ないと殺す』
 帰りてぇー。



 高速に乗り料金所の小父さんに怪訝な目を向けられつつ、覆面パトカーに怯えながら簓木にずっと小突かれ笑われる事、数時間。
 僕は、やっと海に辿り着いた。
「海だ……」
 月並みな表現になって申し訳無いが、青い空に白い雲、さざめく人の声に漣の水の音。都会とは微かにだが確かに違う空気と潮の香りが漂って、肌に当たる強い太陽の光が、海風のお陰で不快にはならない汗を掻かせる。
 ――あぁ、無事に生きている。
 今なら言える。
 警察の皆さんごめんなさい。僕は無免許運転で数十キロぐらい走りました。剰え高速に乗って普通に走ってパーキングエリアで休憩して、たこ焼きとかソフトクリームとか食べてました。美味しかったです。精神的にも救われました。でもそれも全部マキアヴェリ・デビル簓木鏡花のせいなので許して下さい。
 僕悪くないもん。
「おぉ――海だ」
「海だー!」
 車を降りるや否や、広い海原を前にしてはしゃぐ暁夜鳥と黒木彼方。特に黒木彼方の喜び方は子供の様だった。今まで一度も海に来た事が無いだけあって、それなりに初体験の衝撃は大きいのだろう。年甲斐も無く大声で騒いでいる。
「ねぇ海だよヌエ! すっごい広いよヌエ!」
「俺も久し振りに来たが、やっぱり、何かこう、爽快だなー」
「そんなに喜んでもらえると、私も連れて来た甲斐があったわ」
「おいこら、車を運転して来たのは僕だろう」
 海を前にして小さい男ね、と彼女は舌打ちする。何故かげしげし蹴られた。
「お前達、いつまでもぼさっとしていないで早く荷物を運び出したらどうだ」
 海に来てすらいつも通りのスタイルを崩さず、シャツにスラックスという恰好の黒木晨夜が言う。真夏だっていうのに長袖で、彼は顔色一つ変えずに涼しげだ。どうなってるんだこの人……鉄面皮序でに文字通り冷血で体温が低いのか?
「あ、そうですね。早く着替えて泳ぎたいですし! 勿論、晨夜さんもですよ?」
「…………まぁ、いいだろう」
 物凄く不服そうな溜めがあったけど、バファリン一錠分ぐらいの優しさはあったらしい。
「それじゃあ、私達女性陣は先に行って着替えてるわ。無論、男性陣は荷物を運んでおいてね」
「あー、はいはい。大体予想はしてたからいいよ。さっさと行って来なよ」
 いい子よ槻木君、と簓木は必要最低限の物だけ持って、女子二人を伴って海の方に向かって行く。僕はちゃっちゃっと荷物を運び出してしまおうと(黒木晨夜は本を読んでいた。働く気が無いらしい)していると、何故か暁夜鳥だけが戻ってきた。
「何か忘れ物?」
「いや、俺も運ぼうか、槻木? お前細そうだし、日差し強いからさ。俺の方がお前よりも力仕事は出来ると思うが」
「……君、何気に酷いよね」

 意地でクーラーボックスやらその他諸々の遊泳道具やらの荷物を一人で運び出して、パラソル借りて砂浜にぶっ刺してシートを敷いて準備を完璧に整えた後に、僕は水着に着替えた。
「……疲れた」
 まだ泳いですらいないのに、パラソルの日陰に座り込んだ途端に、どっと疲れが出てきた。簓木に何か言われる前にと、彼女が戻ってくるより早く準備まで済ませようって全力だったからな……気が付くといつの間にか探偵がやってきていて、既に着替えてまた本を読んでいた。
「…………」
 自由過ぎるだろこの人。
「ご苦労様、ちゃんと準備は出来たみたいね」
 半ば僕が項垂れていると、やっと女性陣が着替えを終えてやってきた。
「おぉっ」
 悔しい事に三人の水着姿に思わず声を出してしまった僕。けど健全な男子高校生がこういう反応をしても仕様が無いだろう?! 無視など出来るだろうか? 否、出来ない。
 と、反語使ってまで正当化しようとしてるけれども、恥ずかしい事をしてしまったという思いには変わりは無く。思わず平静を取り繕う僕は小さい男ですか、そうですか。しかし僕という人物設定的には、彼女達の姿の詳しい描写なんかしてられない。気になる人はブログのトップ絵を舐める様に見つめればいいだけの事だ。
「――流石に似合ってるね」
 オーケー。誤魔化した。完璧だ。さり気無く、それでいて気の利いている必要最低限の社交辞令まで加味した感想。本音と建前の境界線上で嫌らしさも無く、だけど決して女性的魅力を感じていない訳ではない事を汲み取れる発言だ。これで僕のキャラクターが変な方向に損なわれる事も無いだろう。
「……あら? あらあらぁ? まさか、私の肢体を見て感想がそれだけな訳無いわよねぇ、槻木君。しかもヌエとカナちゃんまで居るっていうのに、そんな淡白に居られる男が居るかしら? あ、探偵さんは例外よ」
 目敏く僕の僅かな隠蔽の機微に感付いて、胸を強調する様ににじり寄って来る簓木。黒いビキニでたわわな胸の谷間がよく見えてしまい思わずそこに目が、じゃなくて! 乗らねぇよッ!! くそっ、悔しい事に彼女のスタイルはいい事は確かだ。
 黒いビキニスタイルで大人の色香を演出してきたのか、それでなくても普段からSっ気を醸し出して婀娜っぽい時があるっていうのに、露出した無防備な恰好で逆に誘われている様ななななな何を言ってるんだ僕は……?!
「ねぇ……無理はいけないわよ……?」
 くっ、と僕の頤に手を当て、気が付くと半ば伸し掛かられる様にされていた。彼女の胸がぎりぎりのところで僕の胸板に当たりそうで、あとちょっとで未知の領域の感触を味わえそうなのにもどかしくてもうゴメンナサイ勘弁して下さい。
 核爆発実験地(ビキニ)とは昔の人はよくそんな表現考え付いたよね! 馬鹿じゃないの?! 思わず尊敬しそうになっちゃったじゃないか!!
「正直に言います。簓木サンをエロいと思いました許して下さい」
 砂浜に土下座。
「そうね、人間素直なのが一番可愛いわよー?」
 君の場合は『可愛い』の意味が違う。
「ほら、折角水着姿の美少女が三人も居るのよ? 全員分の感想ぐらい言いなさい」
 ネタ的に美味しいし。最後にぼそりと簓木はそう言った。
 聞こえてるよ。いや、聞こえる様に言ったんだろうけどさ。
 まぁ、確かに男としてここまで来たらもう真情を暴露、もとい吐露しないというのは据え膳食わぬは何とやら用法違ぇ。
 きっと意を決して頭を上げて、もう何の躊躇いも無く黒木彼方と暁夜鳥の水着姿を視界に収める。目の保養です。眼福。
「な、何かそう改まって見られると恥ずかしいんだけど、涼君……」
 あはは、と少し恥ずかしそうに笑う黒木彼方。暁夜鳥は無言で居た堪れなさそうに肌の出ている身体を微妙に隠そうとしていた。
 水着姿ではにかむ女の子。ポイント高し。
 黒木彼方はフリルのチューブトップとスカート水着で、全体的に露出は控え目ではあるが、しかしところがどっこい彼女の身体は綺麗に引き締まっていて、可愛らしい布地の下が見えない事で逆に想像力を掻き立てられるっていう。
 一言で言うと、
「つまり君は絶対領域系だ……!!」
「え、えっ? な、何かよく判らないけど有り難うございます!」
「指差して力説する事じゃないわよ。カナちゃんも槻木君にそんなお辞儀なんかしなくてもいいのよ?」
 煩ぇよ。
「でもやっぱり褒められると嬉しいし」
 えへへー、と照れ笑いする黒木彼方。
「晨夜さん、あたしは絶対領域系みたいですよ! どうですか!?」
 僕の言った事を、恐らく意味はちゃんと判ってないだろうに嬉々としながら黒木晨夜に感想を求める彼女。訊かれた方は複雑そうな左右非対称の表情をしていたが、意外な事に割と普通に返答した。
「そうだな、可愛いぞ、かなた」
「ホントですか!? 嬉しいですっ!」
 感情勢い余って黒木晨夜の片腕に抱き付く黒木彼方。それをこなれた調子で彼は「あぁ、本当だ」と頭を撫でていた。
 何この迸るリア充臭。
 唾吐き付けたくなる気分で辟易していると、暁夜鳥と目が合った。
「…………」
「……べ、別に感想を言われても俺は構わないぞっ」
 そこでツンデレテンプレかよ。リアルだと聞いてるこっちが恥ずかしい……。
 まぁ一応。義務的に。
 暁夜鳥の水着はセパレートでビキニよりは露出は抑えてあるし、パーカーも着てしまっているので露出は非常に少ない。小柄で細身の身体は、それはそれで何かそそられるものはある。髪の毛も普段と違ってアップにしているから、普段の物静かそうな印象と違って見えて、ギャップもあっていい。
 けれども、
「まぁ、あれだよね」
 つまるところ、
「貧にゅ」
 僕の身体が吹っ飛んだ。
 一瞬何が起こったか理解出来ず、気が付いた時には顔面から三回後転していた。そして先刻の位置から五メートルぐらいの場所で眩しい太陽を拝みながら大の字に。顔がヒリヒリしていて日差しで余計に熱い。
 肘を突いて体を起こし前方を確認すると、そこにはカーズ様とガチで殴り合えそうな鬼神の如き背をこちらに見せて立っている暁夜鳥が居た。
「あ、あぁ……な、成る程……」
 ■■は〝禁句″だった、か――
 全てを理解すると僕は気絶した。

 じりじりと。
 熱い感覚。
 日差しの暑さというよりも、夏の空気の熱さだ。
 うっすらと目を開けると、その理由が判った。骨に張られた布地。パラソルの日陰の下に居るから日が当たっていない様だ。そしてどうやら僕は気を失った後、そこに寝かされて居たらしい。
 あー……。
 まだ、頭がぼーっとする。
「気が付いたのか」
「あぁ、暁夜鳥か。全く、君も酷いね。仮にも〝人間以上人外未満〟の媒介者(ベクター)が、本気の蹴りを顔面に極めるなんて」
「お前だって能力者だろ」
「僕の身体能力は常人だ」
 そうだったな、と彼女は薄く微笑うと僕の額に手を乗せて軽く撫でた。
 迂闊にも。
 僕は見惚れた。
 珍しく彼女が他人に見せた素直に穏やかな顔を見上げて、僕は少し――柔らかな気分になった気がした。
 よく考えてみると、こんな風に普通の日常を過ごすのは初めてな気がする……子供の頃に媒介者(ベクター)になって会社に拾われてから今までずっと、ただ人を殺したりしていただけだから。
 大して親しくもない少女に、初めての安穏を貰ったという事が急に気恥ずかしくなって、僕は寝返りを打って海の方に視線を移した。
 海では黒木彼方がはしゃいで浅瀬で簓木と水を飛ばし合っている。近くでは黒木晨夜がゴムボートの上で寝ていた。
 本当に。
 穏やかだ。
 吐き気がする程に。
 考えられもしない『日常』。こんなのんびりと、牧歌的な時間を享受しているという事がとても信じられない。見上げると、友達の様な人間が居て、友達の様に会話している。
 とてもじゃないが、これを幸福と呼ぶ気にはなれなかった。
 っていうか、あれ?
 何か不自然じゃない?
 物凄くスルーしてたけど、何で僕寝ている状態なのに彼女の顔を見上げてるの?
「もう少し寝てたら起き上がれるだろ」
「えっ、あぁうん」
 よくよく自分の今置かれている状況を鑑みてみると、僕は今暁夜鳥の身体の下に居る。そして肘を突いている訳でもないのに横向きの姿勢で楽に寝ていた。
 で、頭は柔らかい彼女の腿の上。
「膝枕かよっ!?」
「うおっ、何だ急に。吃驚するだろ」
「こっちが吃驚だ! 気を失って気が付いたら膝枕ぁ?! 何だそれラブコメでもやりたいの!? 今回のジャンルはラブコメなのか?!」
「何言ってるんだお前」
 僕が全力で起き上がって全開でツッコミを入れると、彼女は申し訳無さそうに言った。
「……膝枕、気持ち悪かったか。寝辛そうだと思ったんだが」
 彼女は少し眉を下げてバツが悪そうに目線を逸らす。僕は思わず、うっ、と言葉につまった。
「……いや」
 不味い、何か僕が悪い事したみたいに感じている。
「いや、別にそういう事じゃなくて寧ろ気持ちはよかった方なんだけれども何かそんな事よりも色々と急で阿呆らしい展開に頭が追い付かなくて思わずあんな事を口走ってしまっただけで」
 俎板の鯉。もうどうにでもなれという感じだ。
「――要約すると全く問題はありませんでした」
 僕が一気に言い切ると、そっか、と彼女はまたあの柔らかい笑顔で微笑ってくれた。
「だったら休めよ。俺、悪い事したしさ」
 ぽん、と彼女は膝の上に手を置く。
「……まぁ」
 たまにはいいか。
 そんな事を誰にも聞こえない声で呟いて、僕はまた彼女の膝の上に寝転がった。
「早く起きろよ。悪いとは思ってるが、これ、結構恥ずかしいんだから」
「君にそんな思いをさせる機会なんて無いから、悪いけどゆっくり休ませてもらうよ」
「嫌な奴だ」
「どうも」
 適当な会話を交わすだけのぼんやりとした時間は、すぐに日を落とさせた。馬鹿みたいに穏やかに、呆けているだけだった。
 そして。
 そんな僕達の様子を、浅瀬から含み笑っている簓木に僕は気が付いていなかった。



 そして勿論落ちは付く。
 早い事に翌日に。
『早く起きろよ。悪いとは思ってるが、これ、結構恥ずかしいんだから』
『君にそんな思いをさせる機会なんて無いから、悪いけどゆっくり休ませてもらうよ』
『嫌な奴だ』
『どうも』
 少し雑音の入った昨日の出来事。
 聞こえてくる声は、僕のものだが少し違和感を感じてしまう。機械で再生されているものだから、それは当然なのだけれども、問題は何でそんなモノがここで流されているのか、という事だ。
 生徒会室で響く何も考えずにしていた海での恥ずかしい会話をリピートさせているのは、我らが生徒会副会長・簓木鏡花。因みに顔を押さえて大爆笑を堪えている。
「…………何これ」
 僕が耐え切れずに苦虫を噛み潰した様な顔で訊くと、簓木はとうとう吹き出した。そしてぷるぷる震えながら笑うのを我慢して言う。
「だ、大分海は楽しめたみたいね、槻木君?」
 ぶふっ、とそこまで言って彼女はまた吹き出した。
「何、これ?」
「いえ、別に槻木君の初体験を記録しておいただけよ?」
「微妙に勘違いされる様な言い回しをするな」
「私は今、巣立ちを見守る母鳥の気分よ?」
「何処の世界に小鳥を巣から蹴落とす真似をする母鳥が居る!!」
 顔はにやけ切ってるしさぁ!
「あぁっ、槻木君がとうとうヌエと関係を持つなんて、夢の様だわ!」
「言うに事欠いて下ネタかよ!!」
「大丈夫よ、貴方は童帝になれる素質があると信じてるわ」
「ヴァンはカッコイイよなぁ!?」
 畜生、作者落ち着け。
「はー、面白かったわ。本当に槻木君はいぢめるの楽しいわね」
「満足して頂いてっ、光栄ですよっ」
 いえいえこちらこそ、と彼女は言う。
「あぁ、それとね、ヌエと仲良くなると漏れ無く近隣の女子学生達に付け狙われるから、気を付けなさいねー?」
 それじゃ、楽しかったでしょ? と彼女は最後の最後で嫌な事を言っていった。
「…………」
 確かに。
 確かにさ、悔しい事に楽しかったさ。
 けど、ただ一つ大声で言える事がある。
「やっぱり日常なんて糞喰らぇええええええええええええ!」


 おまけ 鼎談+一匹


「ところで、今回ワタシ達の出番は無いのかしら?」
「何を言ってるのさキルシェさん? 私達は『本編』からすると『外伝』みたいな位置付けのキャラだよ?」
「はい! あたしも納得出来ませんカナエさん! 海であたしが己(つちのと)さんとデートする様なシーンは無いんですか!?」
「無いよ?」
「あっさり過ぎますよ?!」
「ワタシだって海で男見付けたり、恋人候補の新キャラ出してくれたっていいじゃない。その権利がワタシにはある筈だわ!」
『適齢期を逃した奴は見苦しいね』
「煩いわよランガージュ。あぁもうこの際、手頃なアリスとかで我慢しようかしら……」
『ちょっと待て、何をさらりと言っているんだキルシェ!』
「だから煩いわよランガージュ、猫の癖に。猫じゃらしにじゃれて読者を和ませてでもいなさい」
『誰がじゃれるか!』
「はいはーい、あたしには公式設定で恋人が居るんですけどー!」
『ツキミもいい加減に見苦しいぞ。大体ツチノトからしたら、ただのコブみたいなものじゃないか』
「燃やし、ますよ……?」
「月見君、家で暴れるのは止めて欲しいな」
「煩いですよカナエさん、独り身の僻みですかっ? ヒステリーは嫌われますよ!」
「君の方が余程ヒステリックだけど。それに、私には一応、恋人と呼べる人間は居るよ?」
「なっ、裏切ったのねカナエ!」
「いや、別に裏切ってないよキルシェさん。そもそも知ってるじゃないか、彼にキルシェさんは振られたんだし」
「えっ、何ですか、キルシェって振られた事あるんですか?」
「まぁ、結構古い話になるけれども」
『やっぱり適齢期を逃したから』
「そんな話はしないでいいのよ!!」
「カナエさん、あたしその話無茶苦茶聞きたいんですけど! 特にキルシェの無様なところってトコが!」
「うん、まぁ今度してもいいかな。作者も書こうって考えてるし」
「ワタシは登場人物として断固として拒否するわよ!?」
「メタに対する拒否権は無いよキルシェさん」



「……なぁ、俺達って何の為に用意されたキャラクターなんだろうな」
「そんな事より人殺したい。お前殺してもいいか?」
「そうだな……俺が間違ってるんだな……」















Q.そう言えば横戸君はどうしたんですか?
A.出ません。

おわり

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