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罰ゲームはチャイナ服で

「十二」
 ぺち。
「十三」
 ぺち。
「一」
 ぺち。
「二」
 ぺち。
「……三」
「ダウト」
「げ」
 ぺち、と暁(あかつき)夜鳥(ぬえ)が札を出した瞬間に、黒木(くろき)彼方(かなた)が透かさず宣言すると、彼女は顔色を変えた。
「確認するよー。はい、ハートの十だね。ダウトー」
「ぐ、ぬ……」
「じゃあ、これ全部ヌエのね」
 ずいっと、積まれたトランプの札を渡され、暁夜鳥は苦い顔でそれを受け取る。大体トランプ一組の内、半分ぐらいの量だろうか。
「このタイミングでその量か。絶望的だね」
「う、煩い。逆にこれだけあれば十分に戦える」
 ほぼ負け惜しみにしか聞こえないが、彼女は地道に大量の手札を整理している。
「負けたら王様ゲーム方式で、一位になった人の言う事を何でも聞かないといけないから必死ね」
 その隣で簓木(ささらき)が自分の手札で口元を隠す様に微笑っていた。
「まぁ、悪いけど私は全く負ける気がしないわ」
「あー、僕もだな」
「あたしもー」
「…………」
 暁夜鳥だけが手札と睨めっこして何やら呻いていた。
 ぶっちゃけ、彼女はこの手のカードゲームは弱い。阿呆の様に弱い。憐憫の情で勝利を祈ってあげたくなる程だ。ダウトを始めて十五分程しか経ってないが、表情に出る出ないというレベルではなくて、挙動不審になるのでバレバレだ。
 というか、嘘吐けない性格過ぎるだろ。
 自分の手番で五の札を出す時に「八」と宣言し、その後に慌てて「ち、違う! 五、五だ!」と言われれば、普通はギャグがフェイクの類かと思うだろう。だがしかし彼女のキャラクター上、素だ。そんな「さぁ『ダウト』と言ってくれ!」と言わんばかりの珍プレーを噛ます上に、こっちが似た様なフェイクを仕掛けると即答で『ダウト』を宣言してくれる。鴨が葱を背負って自分の身体を掻っ捌いている。見てて不憫だ。
 そんな彼女を見て、すぐさま僕と簓木と黒木彼方は言葉を交わさずに彼女がビリになる事を把握したので、互いに後はどうやって一位になるかを考える様になっていた。因みに僕は簓木が一位になると思っているので、二位辺りに収まれればいい。
「そ、それダウト……」
 僕の出した札に、暁夜鳥が自信無さそうにダウトを宣言するが、
「残念、外れだ」
 安心して手札を減らせるなぁ。
 あとは簓木が順当に一位になった後に、僕と黒木彼方が適当に上がればいいだけ――
「十。あ、これであたし上がりだよー」
「何ぃっ!?」
「だ、ダウト!」
 予想外な事に初めに上がりを宣言したのは黒木彼方だった。それに対して暁夜鳥が食って掛かるが、
「えっへへー、残念でした。スペードの十だから上がりだよ」
 また増える暁夜鳥の手札。もう逆に降参させてあげた方がいいのではないだろうか。
「やっぱりカナちゃんには勝てないわね。出てきた札が全部憶えられてると、手業のイカサマだけじゃ対応し切れないわ」
 さらりと簓木が不正を暴露した訳だが、それよりも札を全部憶えているだと?
「そんな事が出来るのか君は?」
「一応、あたしは記憶力はいい方だよ」
「カナちゃん、円周率何桁まで言えたかしら」
「一万」
「いちっ……?!」
「別にそこまで凄くないよ? ギネスは十万だし」
 何かもう理解出来ない領域の話だな……。
「そんな事より、一位が決まった事だし、ビリの人に対する罰ゲームを決めてもらいましょう」
「あ、そうだったね。んー……何がいいかなぁ」
「……おい、捺夜(なつよ)。何で俺を見るんだ」
 何でも糞も無いと思う。もう一人でスピード出来るくらいの量を手札に持ってるんだから。
「え? いや別にヌエが今一番負ける確率が高いかなーって。あはは」
 一応やんわりとフォローをしてあげるところが優しい。
「まだ俺の負けは決まってない!」
 いやー、どうかなぁ。
「そうねー、まだ勝負は判らないわよねー」
 棒読みもここまで来ると自然だ。
 現時点で、先刻の暁夜鳥のダウト宣言から僕と簓木の残りの手札は、それぞれ四枚と二枚だ。需要と供給を考えると明らかに無理がある。
「じゃあ、取り敢えず皆が終わらせる間にあたしは罰ゲーム考えておくね」
「そうね、それじゃこっちは続けましょうか。私の番ね、十一」
「――ダウト!」
「阿呆か君は」
 彼女の勝ちはもう、どう足掻いても絶望な様が気がする。
「残念だったわね、ちゃんと十一よ」
 また増える彼女の手札。暁夜鳥は苦虫を噛み潰した様に積まれた札をまた手札に加える。因みに、僕達がこのゲーム中で彼女以外にダウトを宣言した事は無い。
「ふ。ふふふ。お前等、俺が勝つのはもう無理だと思ってるだろ?」
 彼女は急に不敵に笑う。負けが込んで可哀想な子になってしまったのだろうか。
「ダウトってゲームは確かに俺に向いてない。だが、逆にこれだけ手札があって相手の手札が少ないなら絶対にお前等が持ってない手札も判る!」
 どうやって勝つんだよそれ。
「一位にはなれないがビリにもならない戦法が俺にはある……!! 勝負に負けても試合には勝てる!」
「…………」
 僕と簓木は顔を見合わせた。
「まぁ、それなら続けようか」


彼方:「あ、罰ゲームはチャイナ服着用ね」(※タイトル)


 今週末。
 僕達は駅前の大型ショッピングモール『オーグ・モール』に来ていた。
「えーっと、『チャイナフェア開催中! 中華料理食べ放題や、普段は着れない本格チャイナ服へのお着替え体験などやっています!!』だって」
「このモールそんな事やってるのか」
「というかこのモール、私達の会社のところの持ち物よ」
「そうなのか?!」
「オルガノンの最初の三文字を捩っての『ORG(オーグ)』だもの」
「本当に何でもやってるんだな、あの会社は……」
 ショッピングモールって。
 自分の所属する組織の節操無さを知って何と無く複雑な気分になる。
「貴方と私が使っているクレジットカードだって、そもそもオルガノンの子会社なのよ? 何も言わずにカードを使わせてくれてるんだから、メリットとして素直に受け取りなさい」
「まぁ、そう言う事なら納得するけど……」
 黒木彼方が言った。
「今回の罰ゲームにここのチャイナフェアはぴったりだよね。実際に本格的なチャイナ服買ったりしたら高いから助かっちゃった」
「ついでに中華料理も楽しめて休日の過ごし方としては一石二鳥ね」
 それで――簓木はここに来てからずっと黙っている暁夜鳥に向き直る。
「先刻からどうしたのかしら? 折角中華料理を食べれるのに、普段ならもっと嬉しそうにするのに」
「…………」
 問われた彼女は呻く様な声を出すだけで表情は暗い。
「え? 何? 聞こえないわ、もっとはっきり言って頂戴」
 無茶苦茶楽しそうですね簓木サン。
「……たい」
「聞こえなーい。全っ然聞こえないわ。言いたい事はしっかり伝えないと駄目よー?」
「……帰りたい」
 彼女のそんな切実な希望に対して、間髪入れずに黒木彼方が言う。
「無理。駄目。許さない」
 彼女には珍しく強めの口調だ。
「約束すっぽかして何処かに逃げようとしてたなんて見損なったよヌエ。あたしは親友として、そんな事しちゃうのは見過ごせないからね!」
 目が怖い。矛盾理由(パラドツクス)の人みたいな目になってるぞ。
 因みに暁夜鳥は待ち合わせ場所に現れずに逃走していたところを、簓木が自前のオルガノンの情報網を使って見つけ出した。職権濫用過ぎる。まぁ、暁夜鳥も能力(ベクター)フル稼働でガチで逃げるのが悪いとは思うんだけど。人込みをスプリンターばりの速度で走るのは兎も角、追い詰められたからってビルの屋上を転々とするとか一般人に見つかったらどうするつもりだったんだ。というかどれだけ嫌なんだチャイナ服。
「まぁ今日は諦めて素直にチャイナ服を着なよ暁夜鳥。それで中華料理の食べ放題でプラスマイナスゼロにすればいいじゃないか」
「この苦しみはお前には解らない!」
「いや解んないけど」
 そんなシリアスに言われても。
「お前には解らない……!」
「二回言われても」
 ちょっと半泣きだぞこいつ。
「さーさー、ここで駄弁っててもしょうがないから早く行くわよー」

「という訳で、早速チャイナ服のお店に来ましたー!」
「おー……何かこう、極端にチャイナ色だなぁ」
 モールの中のチャイナコーナーに行くと、周りの装飾は見事に中華染みていた。見るからに『チャイナー!!』と叫んで主張している様な飾り付けで、訪れる人間を迎え入れる。割と気合の入っているイベントの様だ。
「ちょ、ちょっと待て捺夜!」
 真っ先にチャイナ服の店に来たところで暁夜鳥が言った。
「着替えるのは中華料理食べてからでもいいだろ?! 汚しちゃうかも知れないのに何で先に着替えるんだ!」
 どうやら出来る限りチャイナコスをする時間を減らしたいらしい。まぁ確かにレンタルした服で食事をして汚したりしてしまったら、クリーニング代やら何やら面倒臭いのは確かだろう。
「ところがそうも行かないのよね」
 と、簓木が言う。
「このイベントではチャイナ服に着替えて中の店を巡ると、割引してくれるサービスがあるのよ。高いチャイナ服をレンタルするのに腰が引けるお客さんに対して、敷居を下げる措置ってところね」
「なっ」
 当然ながら予想外な事に暁夜鳥は顔色を変える。
「補足すると男性が着ても割引は適用されるわ」
「なっ!?」
 僕も顔色が変わった。
「安心しなさい槻木君、ここに居る誰一人としてグロテスク趣味は無いから」
「えっ、あぁ、安心したよ……」
 何か釈然としないが良しとしよう。
「待て待て待て! チャイナ服を着て俺にここを回れって言うのか!?」
「愚問」
「愚問ね」
 二人共返事が同時だった。息がぴったり過ぎる。
 そして二人して暁夜鳥の両腕を掴むとそのまま引き摺っていく。
「さぁー行くよヌエー、チャイナ服に着替える時間だよー」
「支払いは私がカードでしておくから気にしないでいいわよー」
「は、離せ! 離せー!!」
 宇宙人的なアレな構図で彼女はそのまま店内の奥へと連れて行かれた。何処か恐ろしい光景だった。名状し難い。

 十数分後。
「……うぅ」
「思ったよりも動きやすいね」
「スリットがあるから足の動かし方は気をつけないといけないわね」
 生足である。
 何は兎も角生足である。
 太腿。
 ぱねぇ。
 眩しい……。
 眩し過ぎる……!!
「くっ……!」
 チラつく白い肌についつい目が行ってしまう。男子として健全な反応だが度を越すと自分が変態になった様な気分で精神衛生上宜しくない。
 暁夜鳥と黒木彼方は髪型をシニヨンに纏めている。黒木彼方は別段恥ずかしがっている様子も無く自然体で楽しんでいるので、割と身体のラインがはっきりしているのがまた困ったものです。
 一方の暁夜鳥は赤面しっ放しで頻りにスリットをどうにか隠そうとしているのだが、片方を隠すともう片方が疎かになって寧ろ見える。見えるのだ、はっきりと。
 そして簓木は髪は弄らずに黒いチャイナ服にちゃっかり黒い羽扇子という、自分の長い黒髪に合わせたコーディネイト。これまた似合い過ぎて笑ってしまう程だ。
 三人とも総じてエロス。
 善哉、今ならフロイトの言葉の全てを鵜呑みに出来る。
 はしゃぎ過ぎて自分のキャラクターを崩壊させない様に僕は努める。割とマジで。
「と、というか、結局三人共着たのか」
「まぁね、折角の機会だし、楽しまなくちゃ」
 簓木は口元を羽扇子で隠しながら、ふふっ、と艶やかに微笑う。
 やべー。
 何かイケナイ事してる様な錯角が。婀娜っぽ過ぎるでしょう簓木サン。
「ね、ね、涼君どう? 似合ってるかな?」
「えぇとても」
 上目遣い止めてくれ黒木彼方。それは不味い。思わず丁寧に返答してしまった。
「こ、これ歩いたら足が見え過ぎないか……?」
 未だにスリットと格闘している暁夜鳥が言う。彼女は気付いていない様だが、格闘のし過ぎで周りの目を集めまくっていた。
「それはそういう服だからそれでいいのよ」
「だ、だけどこれは幾ら何でも見え過ぎ……」
「元々罰ゲームだし恥ずかしいくらいが丁度いいんじゃないかな?」
「そ、そんな無責任な……!」
 暁夜鳥は顔を真っ赤にして恥ずかしさのせいか少し涙ぐんでいる。
 普段見せない恥じらいは中々いいものだ。素直に可愛い。単純に嗜虐心が満たされる様な、背徳感にも似た妙な感情が満たされる。萌え。
 因みに僕はここまで無表情で済ませている。
 別にムッツリとかじゃない。女性陣に軽蔑されない為の僕なりの処世術という奴だ。紳士的振る舞いと言ってもいいだろう。お互いに嫌な気分にならずに楽しむ為に、こういう方便も男女の間には必要だ。だから僕は何も疚しくない。
「ほらほら、いつまでも恥ずかしがってないで中華食べに行くわよヌエ」
「ちょ、おっ、押すな! 足が、足が見える!!」

 その後、一応罰ゲームという名目を果たす為に、暁夜鳥を衆目に曝してから中華料理を食べに行くという事になり、コーナーを一通り練り歩いた。
 彼女は終始恥ずかしさでもじもじしながら落ち着かない様子で周りの目を気にしていた。そしてこけた。それはもう見事にこけた。直ぐに起き上がって額と顔を赤くさせながら「誰にも言うなよ……」と睨まれたが全く怖くない。
 簓木に至っては素早くこけた瞬間をしっかりとケータイのカメラで撮っていた。これでまた校内に彼女の写真が出回るんだろうなぁ……。
 その一騒動の後は暁夜鳥は極度の恥が転じて不機嫌になってしまい、むっつりとしていたが、いざ中華料理屋に着いて食事を始めると、あっという間に機嫌は直った。
 ちょろい。
 とは言ったものの、やはり暁夜鳥の食べる量は尋常ではなくて安くは済まず(一応僕達全員で食べたがメニュー全部頼んだ)、その場は立て替えるという形で簓木がカードで一括して支払う事になった。
 しかし立て替えとは言えカードで気前良く支払うなぁ……。
 ともあれ、メインイベントであるチャイナ服関連以外は特にこれと言った事も無く、すっきりと終わったので割愛。
 ただ、何かが引っ掛かっている様な気がしてならないんだけど……それが何なのか判らない。あと少しで出てきそうな違和感の答えが妙に気持ち悪い。
 …………。
 まぁ、そう大した事では無いんだろう。

 そんな事無かった。
「何が大した事無いだよ!!」
 思わず僕は手に握っていた紙を殆どノリ突っ込みの要領で床に叩き付けた。
「何か怪訝しいと思ったらそういう事か! 簓木の奴気前が良過ぎると思ったんだ……!!」
 糞っ、今回は暁夜鳥に対する嫌がらせに集中していると思って油断していた。まさかきっかり僕に対しても仕込みを済ませていたなんて夢にも思わなかった。何が「今日は楽しませて貰ったから私が全部払っておくわ」だ……
「あのクレジットカード、僕のじゃないか!!」
 床に叩き付けたカード明細を今一度見て、どれだけ考えても請求金額に心当たりが無い事を確認すると僕は簓木に電話を掛けた。
「おい簓木、どういう事だ」
〝あ、明細届いたのね〟
「っていう事は、やっぱり確信犯か……!」
〝嫌だわー、人聞きの悪い。そもそも女子三人でやればいい様なイベントに私が貴方の参加を何も無しに黙認する訳無いじゃない〟
「そんな理由があるか!」
〝別にいいじゃない。何だかんだで楽しんだでしょう? キャバクラにでも行ったと思って諦めなさい〟
「ふ、巫山戯るなー!!」
〝別にいいのよ、文句たらたら流し続けても? その間ですら私は貴方のカードで買い物をし続けてカード破産に追い遣る事も出来るし〟
「そうだ! 君は先ずどうやって僕のカードを使ってるんだ?!」
〝言ったじゃない、クレジットカード会社もオルガノンの持ち物だって。そして私はそのオルガノン所属の監査官。あとは解るわよね?〟
「ちょ、っと待て……それはつまり、君は僕の経済状況も自由に出来るって事か!?」
〝大正解。私に歯向かったら貴方をあっさりと社会的に殺す事も出来るんだゾ!〟
「可愛い子振って恐ろしい事言うなよ?!」
〝今回は十分楽しませて貰ったわー、有り難うね槻木君。それじゃあまた今度ね〟
「待て、まだ話は」
 ぶつん、と一方的に電話は切られた。
「……結局またこういうパターンか!!」

おわり

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Memory Isotope 1/とある人殺しの回想:Side-L

1/とある人殺しの回想:Side-L
 最悪な日ってもんがある。
 目と意識を逸らしたくなる様な状況にばかり曝されて、二十四時間どうやって逃避をすればいいのか悩む日の事だ。
 誰だって生きていれば、それこそ俺の様に十九年程生きてれば、数えてないかも知れないが二桁以上はそんな日がある。これは断定だ、例外は認めんよ。
 で、俺の場合は厄介な事に、俺が最悪と定義する日は簡単に訪れてしまう。何故なら俺自身がある状態を最悪だと思っているから。
 眼帯を忘れた日が最悪だ。
 視える右目を隠す為の眼帯。普通の、医療用の、市販で売ってる奴ね。特別製でも何でも無い。要は、片目を瞑り続けるのも片手で押さえ続けるのも疲れるから買っただけ。包帯でもいいんだけどね、明らかに怪しいでしょ、包帯で右目を隠す男って。
 ちょっと前に事故に遭ったせいで、家族は俺以外皆死んじまって、その時に俺の右目は死んだ。けど代わりに兄貴の角膜を移植されたから、俺の眼は全くの健康体。
 そう、だからこそ、何でこいつ眼帯なんか付けてんの? みたいな疑問が湧くだろう。本当は俺だってやだよ。何かヴィジュアル系みたいだし。だけど、俺は天涯孤独になっちまったから――いや、親戚は居るけれども――この眼について相談出来る家族は居ない。
 事故から社会復帰した時には、今までの知り合いとは音信不通にせざるを得なかったから、それ以外の事情を知らない人は皆、俺の眼が見えていない、もしくは怪我か病気でもしているとでも思うのだけど、まぁ違うんだよね。ばっちり見えてるしね。視力は両目とも〇・九。本当にばっちりだ。生活には障り無し、ネタにしては障り有り。
 そもそも、この眼について本気で誰かに話すとなると相当の勇気が要る。何故って、俺的にはこれ、邪気眼だもん。発作的に思春期全開で『オレの右目が疼く……!』みたいな事にはならんけど、視えるってだけで、ただの夢の国の住人になっちまう。
 でだ。で、だ。俺がどういう状況なのかと言うと、眼帯は、無い。
 つまり俺は最悪絶不調。
 袋小路の路地裏で茫然としていて、糠雨が鬱陶しい。そんな光景が視えますね。いや、誰も来てないから誰もそんな光景は見てないでしょうがね。
 妙に空気が生暖かい。湿度が高い、梅雨独特の空気。じっとりとした肌に纏わり付く湿気が、ほんの少しの運動だけで汗だか水だか判らないままに服をぐっしょりと湿らせる。
 その実、鼓動は早い。
 身体の中心が震源にでもなっている錯覚を起こしそうなアレグロさ。動悸は激しく吐く息も荒い。耳の奥から溶岩の様な音がする。落ち着けと息を吸い込み吐き出すが、それでも心臓は言う事を聞かない。
 ――あぁ、いや。
 それ以前に雨が降っているから関係無い。どんなに身体が芯から火照ろうが冷やされようが、着ている服がぐしょぐしょになったまま立ち尽くす。目前にある今一番の今日最大の最悪に、忘我するだけ。
 ここは普段誰も通らない路地裏。今この状況が露呈する心配も無い。証拠は雨で流れるし、臭いなんかも漂わない。少なくともここを充分に離れてからでないとバレる事はそうそう無い――そうだ、自分のやった事に不安は無い。
 不味い。
 不味いんだよ。このまま本当にあっさりと逃げ切れたら、味を占めちまいそうだ。一瞬の、一時の恍惚。たったあれだけの短い時間で、あそこまでの悦楽染みた狂感を得られるなんて、不味過ぎる。
 知っちまったら戻れない――戻り方を知る気が失せる。
 一方的な嗜虐感。単純な、それでいて歪な闘争本能。脳味噌の回路が打っ壊れそうに興奮が巡る。目前の事以外には、もう何も考える気が無くなる危険な信号伝達。奪ってやったという明確な支配に、気持ち悪く笑みが零れちまう。
 これは理性じゃあお話にならない。
 一つ、困ったのは――感覚とは別に、俺が殺人という事実に耐えられるか、どうかだ。


2/そもそもの端緒:Side-M

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Miraculous Answerer 6/ザラスシュトラの話

6/ザラスシュトラの話


「あたしの神を……殺す?」
 鼎の言葉に月見は戸惑いながら応じた。
「そうだよ。高が偽神の一柱、折るのは他愛も無い」
 対して鼎は、微笑んでいる。余裕だ――月見はそう感じ、焦る。
 ある意味で、駆け引きをしにここへ来たというのに、ずっと先手を打たれていた。恐らくは、自分の目的すらも把握されている事を考えると、乗せられてしまえば相手の思う壺だろう。
 自分からも何か仕掛けなければならない……。けれど、そんな気は起きなかった。
 ただ、鼎の話を聞きたい。
(あたしの事を識っていて、答えを持ってるのなら……)
 それが出来るだろう相手だからこそ、寧ろ自分から何かをする気はしなかった。
「――偽神って、どういう事ですか。神様は神様だと思うんですけど」
 訊いた。自分から。
 もう駄目だろう。火が点いている。
 ここからは鼎に対する見極めの会話ではなく、自らの好奇心だけで話が進んでいく。当初の狙いなど糞喰らえ。それに神を殺そうとしてここに来たのだから、相手から神を殺してくれるのなら願ったり叶ったりだ。
「真神を知っている人は少ない」
 鼎が言う。
「例えば。有栖君、君は神と言ったらどんなのを思い付く?」
「え? 俺っすか? えっと……キリストとか」
「じゃあ、由君は?」
「……YHVH、アッラー、〝父〟、ゼウスですかね」
「それじゃ、キルシェさん」
「ワタシは神なんて糞親父知らないわ」
「柘榴君は?」
『ん? あたしに人間の神なんて聞かないでよ』
 全員に聞き終えると、うん、と鼎は満足そうに頷いた。
「解るかな月見君? 今出てきた神は全て偽神だ」
「……宗教に喧嘩を売りたいんですか?」
 違うよ、と鼎は微笑いながら言う。
「要はね、神(ゴツド)も、神(ディオ)も、神(デウス)も、神(ヤハウェ)も、神(アッラー)も。皆神、同じ神なんだ。それも人格化というプロセスの挿まった、信仰であり妄想の対象のね」
「人格化?」
 その通り、と鼎は続ける。
「宗教に宛がわれた神は、コミュニティ内で発生する共通の無意識の望みから来る逃避を以って作り上げられた偽神なんだよ。だからこそ神格が都合よく自分達の救世を行い、寄る辺として広がって、その位格を上げて君臨する」
 鼎は超越的絶対者の教えを受けるという、宗教のシステムの根源的矛盾を言っている。何故、本来聖なる禁忌として触れざる実体を誰かが突き止め、それに名など与える事が出来るのか。その時点で、凡そ〝神〟とされるものは、開祖よりも下に居る。
 天啓を受けた? 光臨した? 遣わされた? それは全て『始まり』に根差す隘路たる疑惑だ。
「そもそも個人に宿っている偽神はバラバラだ。先刻私は訊いたね、神の名を。そうしたら出てきたのは皆違う名だ。怪訝しいだろう? 何で唯一絶対たる神が様々な形態を取るんだい?」
「それは……」
 絶対者が色々な形を取った時点で相対者に堕ちている。束縛される神など神ではない。
(……神が、死んだ)
 そう、名を持つ神は全て遺骸だ。そこから復活も出来ないモノがどうして超越を語れる。だからこその偽神。
(そんなのって、こんな……。じゃあ、あたしはどうすればいいの? あたしの見ていた神って何だったの……?)
 揺れ動く。
 視界が、自分が、世界が。
 信じるべきものが崩されて、己を支えていた一柱が折られて、月見は胸の奥に掻き毟って取り出したいモノを感じる。これでは、こんな殺し方では、意味が無い。解放されないのだから。
(え?)
 ――解放されない?
 そう。
 一つ、腑に落ちない事がある。
(神様はあたしを決めていた。運命を作ってた。けど、死んでるんなら、そんな事は出来ない筈なのに)
 まだ、作っている。
 自分の行動を自分の意思で決めているという証明が無い。この時点では、まだ月見自身の心の中では、決定者が誰だか解らないのだ。
 己は己なのか、それとも『何か』に内包され続けているのか――殺し切れていない。別の神だ。いや、どころか、ここで否定されたのは偽神だけで、まだ〝神〟は生きている。
 試す様な口調で鼎が言った。
「月見君、君は自分の神の名を言えるかな?」
「…………」
 鼎は微笑っている――あの人はあたしを解っている。だったら、正直に答えればいいのだ。自信を持って、確かな言葉で。
 月見は答えた。
「あたしの神様に名前はありません」
「その通り!!」
 鼎は快哉を叫ぶ様に言う。
「ニーチェが殺し切れなかった神の方を君は見ていた。ツァラトゥストラが語る言葉とは別の物を見ていたんだよ。『神は死んだ』なんて大仰な騙り文句の時代的側面によく騙されなかったね。偽神は死んだけれども、真神には傷一つ付いていないんだから」
「だったら、尚更です。あたしはカナエさんを殺します」
 チリッ、と空気が熱を帯びる。〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟で燃された空気が鼎を威嚇していた。
 月見の雰囲気が変わった事を敏感にキルシェは感じ取り、彼女も殺気立ち始める。場が急激に気色ばみ、由はそうでもなかったが、戦闘能力が皆無に近い有栖と柘榴はそわそわしていた。
「まだ話は終わっていないよ」
 裏腹に、鼎の平坦な声が通った。
「私は君の神を殺すと言った筈だよ。君が見ているのもまた、偽神の亜種に過ぎないんだから」
「カナエ、悪いけど話は終わりにするわよ。今この放火女ははっきりとアンタを殺すと言ったわ。これは明確なオルガノンに対する敵対行為よ」
「話に割り込まないでよ化物。今はあたしとカナエさんが話してるの。何がオルガノンへの敵対行為なの? 勝手にあたしの事を野放しにしてた癖に、今更騒がないでよ」
 目も合わさずに言う月見に、キルシェは、ギリ、と奥歯を噛んだ。
「こ、の、糞ガキ……。調子に乗ってんじゃないわよ、この世界の事を何も知らないで打ち壊す事しか考えられないのに、自己中心な振る舞いは止しなさい」
「それ、そのまま返す」
「今直ぐ血ィ吸い尽くしてやろうか?!」
「消し炭にするっての、化物」
「仲いいね君達」
 取り敢えず、と熱り立って椅子から立ち上がり掛けているキルシェの肩に鼎は手を置いた。
「私も話を続けたいから、落ち着いてもらえるかなキルシェさん。私の能力は知ってるだろう? ちゃんと考えているから大丈夫」
 キルシェは息巻いたまま何かを言おうとしたが、渋々と座った。そして乱暴な手付きで煙草を取り出し、火を点ける。一吸いして燻らせようとすると、物凄い勢いで煙草は一気にフィルターまで燃え尽きてしまった。
「煙草、臭いから止めて」
 燃えカスを見てぽかんとするキルシェを余所に、月見が見下した様な眼で言いながら、煙草を箱ごと燃やしていた。
「ハッ――はははっ。カナエ、あのガキ殺していいかしら!?」
「落ち着いて。二人ともいい歳なんだから、私にゆっくり話ぐらいさせてほしいね。キルシェさんの煙草ならカートンで買い置きしておいたから、外で吸ってきなよ。月見君もそれならいいだろう?」
 つーん、とした態度で月見は答えなかった。「Damn……Damn……!!」とキルシェは何かを罵りながら、仮装の帽子を床に投げ付け部屋を出て行った。
「あの……出来れば俺もこの空気にガクブル状態なんで解放してもらえると嬉しいなぁ……なんて」
 その後に有栖が恐る恐るといった感じで手を挙げる。
 対して鼎は笑顔だった。
「……その、なんていうか」
 表情が口元しか判らなくても断言出来る笑顔だった。
「いや、その……何でも無いですスンマセン」
 有栖はがっくりと首を落として項垂れた。女装させられているので余計に妙な哀愁が漂う。膝元の柘榴がぽんと手を置いて慰めていた。
(俺、こんなヘタレに殺し合いで負けたのか……)
 由は由で、度を過ぎたマイペースで場に馴染んでいる。
「さぁ、話を戻そう」
 鼎は手を組んで月見に向き直った。
「君が私を殺そうとしている理由は、君の偽神に直結しているね」
「そうです。ただ、あたしの神様は偽者じゃありませんよ。名前なんて無いし、救世なんか求めてない。ただそこに在るだけのものです」
「そこまでは正しかったんだよ」
 口惜しそうに鼎は言った。
「けれど、それ以降を間違えた。神の特定までは辿り着いたのに、その後、収斂させてしまったんだ。ただ一つのものに」
「それの、何が間違いなんですか? そもそも、神様なんて世界をアレコレするだけじゃないですか、その為だけにしか存在してませんよ」
 少し苛ついた口調で月見は言う。
 それに、いいや、と鼎は首を横に振った。
「真神を知るにはね、そこから更に広げないと見失うんだ。神は特定されたままだと矛盾する。先刻言った様に、偽神は名を与えられると死んでしまう。神を特定した状態で置いておくのも同じ事だ。だから、神は全である事を思い出さなければならない」
 解るかな、と鼎は問う。
 月見は睨め付け口を噤み、応えなかった。
「神は神である必要すら無い。そこに在りながら、世界の何処にも居ないんだ。何故なら、それは個が投影した実体でありながら普遍的なモノだからだよ」
「そんな……そんな馬鹿な話はありません!」
 月見はテーブルを叩いて立ち上がった。
 自分が思ってきていた事と真っ向から反する神の姿を提示され、反発して彼女は感情的になっている。絶対的だと信じてきたものが、余りにもあやふやで曖昧な形に歪められ、到底受け入れる事が出来ない。
 自らの『上』に居る筈の存在が、それぞれによって違う形を持っていながら、その底で繋がっているなどという事を信じられる訳が無い。それでは偽神よりも酷い。まるで浮かび上がっては直ぐに消えていく、不気味な泡(ブギーポツプ)の様に、居るのか居ないのか解らないものになってしまう。
「神様は全てなんですよね? だったらそんな、今そこにしか居ない様な言い方をされるものが神様な訳ありません、じゃないと変です! 過去も未来も現在も神様が決めた事の筈なんだから!!」
 声を荒げる月見に対し、鼎は静かに言った。
「それだよ。それが君の神が偽神たる所以だ。そして同時に、私を殺す理由だね――正確には、『ラプラスの魔物』を殺す、ね」
 唐突に自分の目的の核心を衝かれ、月見は驚いた様に言葉を詰まらせる。
 鼎は続けた。
「有栖君、君は神を信じてるかい?」
「はい? え、お、俺ですか? いやぁ……まぁ、信じてるっちゃ信じてますけど」
「じゃあ、自分のやっている事は神に与えられた試練だとか思った事はあるかな?」
「いや、俺日本人っすよ? そんな面倒臭ぇ事考えて生きてませんよ」
「由君、柘榴君。君達にも同じ事を訊くけど、どうかな?」
「別に、俺は俺にしか従って生きてませんよ」
『あたしは神なんてもの考えた事も無いよ、猫だから』
 うんうん、と鼎は満足そうに頷く。
「月見君、今の話を聞いて君はどう思うかな?」
「馬鹿らしいです。信じる信じないがどうしたっていうんですか、今そんな事は関係無いと思いますけど」
「大問題さ。今そこに『神』は居なかった」
 月見は困った様に眉を顰める。鼎の次の言葉が予測出来ないからだ。
「有栖君、由君、柘榴君は共に生きる上で神を見ていない。怪訝しいね、三人とも月見君の様に神を特定出来ていない筈なのに――けれど神はそこに潜んでいる」
 最早、この場を支配しているのは鼎だった。彼女が次の言葉を発しない限り、全てが進まなくなっている。この場に、鼎の話術に呑み込まれている事を意識出来ている者は誰も居なかった。
「居ない、が、在る。全ての人に思われる神の本質だ。そして神の性質からして、それは主宰たる存在ではなく世界たる存在なんだよ。そして、それだけでは物足りなかった人々によって、都合のいい幻影が創り上げられた」
「……信仰」
「そう、曲解と婉曲で鍛え上げたのさ、超一流の詭弁に」
 ここまで来れば解るだろう、と鼎は問う様に言う。
「世界は最初から自由だ。神に決定権は無い」
「認めません」
 月見は即答した。
「確かに居るって神様の存在を認めたのに、矛盾します。神様は全てなんですよね? あたしもそう思います。だから、そこに『新鷹月見』も含まれてる。それじゃ――誰があたしなんですかッ?! 神様以外考えられません、そんな、あたしを決め付けてる奴、殺さないと気が済まないっ……!!」
 激して月見は髪を振り乱していた。殆ど突発的な怒りだろう。だが、それ程に壊さないと我慢出来ない柵が、彼女に纏わり付いていた。
 燃え掛けている。徒でさえ感情の堰が脆いのに加えて、殺意ある相手との会話。月見はぎりぎりで抑えていたが、テーブルは燻り掛けていた。
「簡単だよ」
 鼎は塞いだ両眼で月見を真っ直ぐに見つめる。
「神が君を保有しているんじゃない、君が神を保有しているんだ」
「――――」
「超越は上位に居る事を示さない。根源であり全てであるだけだ。だからこそ、神は絶対者である事も相俟って、何よりも高いと錯覚されるんだよ」
 そも、月見の目的は。
 自由を創造する事だった。
 世界が幾重に可能性を秘めようとも、全てに神は在る。分岐させる選択者は自分ではなく神。その気まぐれでいとも容易く決定される運命に対し、月見は反目していた。
 しかも。
 納得出来ないだろう。考えてみれば、全てである存在は決定された世界のどれだろうと観測出来る。世界線という境界など無いに等しい。勝手に決められた方向へ誘導される事に耐えられない。
 藤堂鼎が諦観からの脱却の契機だったというのに、しかし彼女は月見に否定を突き付けてくる。
「確かに私は〝天啓の万象(グノーシス)〟で『ラプラスの魔物』を受胎している」
 もしもこの世界に全てを知覚し、それを解析出来る知性が存在するとしたら、その眼には全てが見えているであろう――それが、数学者ピエール=シモン・ラプラスが提唱した〝魔〟であり、鼎の能力に付随している存在。
 もしも鼎がその能力によって全てを識った時、そこには彼女のヒトとしての知性を超えた何かが生まれるかも知れない。それが受胎であり、顕れたそれは確実に超越だろう。
「だから……だから、あたしは生まれてきた神様に等しいそいつを焼き殺す! 解ってるなら何で訊くんです?! カナエさんの〝魔〟が神様を語ってる! あたしの中なんかじゃない、そこに居るんです!!」
 月見の目的は〝魔〟により世界戦を統一して鼎に神を降ろし、それを殺す事。世界の決定者たる観測者になっている鼎を殺す事は世界の神を殺す事であり、その後の世界に自由を与える事を意味するからだ。
 だが鼎はそんな事をしなくても、元々世界は自由だと言う。
「〝魔〟を降ろす事は、不規則に要素が並んでいるこの世界を、理路整然と決められた通りに配置して無機質なものにする――即ち世界を殺す事しか意味しないよ。その後、観測者である私を殺せば確かにその先の世界は未知数になるけど、逆に配列が変わらずに世界は生まれ変われないかも知れない」
 だから私は伽藍の堂から外に出ないんだ――鼎は月見に問う。
「それでも私を殺すかい?」
 俯いて、月見は膝の上で手を握り締めた。
「結局……話は無意味でしたね。何も証明出来ない事ばかりです――だから殺します」
 仕方が無いね、と鼎は解っていた様な口調で苦笑した。
「えぇ、その通りよカナエ。仕方が無いわ!」
 いつの間にか戻ってきていたキルシェが、部屋に入るなり言う。
「そこの糞ガキが意思を曲げないなら、どっちにしろ手段は一つしか無いのよ。って言うか、判り切ってた事なんだから、ウダウダどーでもいい事を話さなくても、これが一番手っ取り早かったのよ」
「性急だねキルシェさん。まぁ、けれども確かにそうなんだけどね。ただ、月見君に話しておきたかったから、悪いけど時間を掛けさせてもらったよ」
「相変わらず面倒な事すんのね」
「道楽だよ」
 理解出来ないと言う風にキルシェは顔を顰め、鼎は微笑った。
 さて、と鼎は月見に対して口調を三月兎に戻して恭しく言う。
「女王様。これ以上はゲームで白黒を付けましょう」
 虚を衝く提案に、月見は困惑を見せる。
「ゲー……ム? 何するんですか? あたし頭使う奴は苦手なんで、公平に出来る奴がいいんですけど……」
 ふん、とキルシェが下らなそうに言う。
「早い話、カナエが欲しいならワタシを倒しなさいって事よ、放火女」
 あぁ――なんだ、と月見は堂に来てから初めて笑った。
「そんな事でいいなら燃やしてあげる、吸血姫」


7/T or F

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Miraculous Answerer 3/懐古と現状と

3/懐古と現状と


「ぶっちゃけ、アンタのせいよ」
「挨拶も無いのに御挨拶だね」
 放る様なキルシェの言葉に、伽藍の堂の主――藤堂鼎は答えた。
 洋館の雰囲気に合わせたアンティーク風の椅子に、同じ意匠の机。その上にはウィスキーボトルとグラス、水とロックアイスが置かれ、キルシェと鼎は対面で座っていた。
 鼎はゴシックドレスを着込み、その口元に微笑を浮かべている。その派手なドレスは、特に礼装の意味合いがある訳でもなく、ただ単純に趣味で着ている様だ。この洋館に軟禁されているも同然の鼎は、楽しみが少ない事もあるのだろう。
 しかし、着飾る事を楽しんでいるであろう彼女の容姿には、一点だけ奇妙なところがあった。
 目隠し。
 鼎は視界を閉じていた。
 彼女は特に眼が悪い訳ではない。その顔が醜い訳でもない。だがそれでも、彼女は世界を見る事を封じなければならない理由があった。
 そして、その理由をキルシェは知っている。
「御挨拶なんてよく言うわ。グノーシスの貴女なら、ワタシの一言で大体の事が解るでしょ」
「それでも久し振りに会ったんだから、会話を楽しむ事ぐらい構わないじゃないか」
 気怠そうに言うキルシェに、鼎は眉を下げて困った様に苦笑した。
 鼎の持つ能力――〝天啓の万象(グノーシス)〟は、簡単に言えば『識る』事が出来る。己で見聞きしてはいない事でも、ヒトの知覚能力を超えた枠から世界を視る事が出来るのだ。
 キルシェの言う通り、ただの一言でその繋がりを辿って、大まかに事の核心を落としてしまう。藤堂鼎という女は、凡そ全てを知っている存在であり――故に、世界を殺す可能性でもあった。
 鼎をそうさせたのはキルシェだ。十二年前に彼女を巻き込み、そして媒介者(ベクター)となった彼女自身から自由を奪う事を頼まれた。
(負い目……なのかしらね)
 鼎は過去の事を全く気にしていない。好きだと語る世界から、己を禁としなければならなくなったのに、その原因の一端である筈のキルシェに何も言わないのだ。逆に『何を気にしてるんだい?』と理解されない始末だった。
 だがそれでも、どうしても、キルシェは鼎相手に対等な関係を築く事に、心理的に抵抗を抱いてしまう。そのせいか、どっち付かずでぶっきらぼうな態度を取りがちになっていた。
 キルシェはグラスに大きめの氷を三つ放り込み、ウィスキーを注ぎながら言う。
「殺されるわよ、このままじゃ」
「心配は無いよ、このままで」
 鼎の泰然とした物言いに、キルシェは眉を顰めながらグラスを口元に運ぶ。鼎もグラスにウィスキーを水と一対一で注ぐと、一口飲んだ。
「解ってんなら教えなさいよ。そもそも何でアンタの存在が感付かれたのか。原因はそっち以外に考えられないのよ」
「以前、ちょっと人殺しの子と関わってね。その子が、その月見君と接触したみたいだ」
 ところで、と鼎は言う。
「月見君が私を殺したがっている事は解っているけど、その理由が解らないんだ。彼女はどんな子だったんだい?」
「どんなって……可愛かったわ、血を吸わせて欲しいぐらいには」
「君のカーミラ的私見は要らないよ。そんな事を言っているから恋人が出来ないんだ」
 うっさいわねー、とキルシェは鼎から目を逸らす様にグラスを呷る。
「ワタシには恋なんてモノは無いのよ。生まれた時から研究所のモルモットだったんだから、人並みなもんを持ってる訳が無いでしょ」
 グラスに新しくウィスキーを注いで、キルシェはまた一口含む。それに合わせて鼎は言った。
「けど、君の初恋はその研究所の研究員だね」
 キルシェは咽せた。
「な、な、な、何をいきなり言ってるのよっ」
「あれ? 違ったかな」
「合ってるわよ! 合ってるけど何で知ってんのよ!?」
 あぁ、失礼、と鼎はふと思い至った様に言う。
「どうもお酒が入っているせいか、知っている事と識った事がごちゃごちゃになってるみたいだ」
「赤くもない顔でよくそんな事が言えたわね!」
 キルシェは怒った様に言った後、溜め息を一つ吐いた。彼女は疲れた顔でシガレットケースを取り出すと、煙草を一本咥えて火を点ける。深く吸い込み燻らせ、静かに吐き出された紫煙に乗って辺りに桜桃の香りが広がった。
 それを嗅いだ鼎が懐かしそうに言う。
「相変わらずだね、その煙草も」
「ん? あぁ、そうね。もう四十年ぐらいこれを吸ってるかしら」
「私と遇った十二年前よりも前だね。あの頃と違って、私は大人になったけど、キルシェさんはずっと同じだ」
 変わらないね、と鼎は言う。
 変わんねーわ、とキルシェは言った。
「まぁ、恋の仕方も変わらずに乙女なままみたいだけど。幾らまともな少女時代が無かったからって、いつまで引き摺るんだい?」
「死ぬまで引き摺ってやるわよ畜生!」
 自棄っぱちである。
 さて、と鼎は間を執り成して言った。
「キルシェさんはとどのつまり月見君の事は何も解らないみたいだね」
「当たり前よ。殺し合っただけなんだから」
 三年前の記憶を探っても、キルシェに思い出せる新鷹月見の印象は殆ど無い。ただの少女だった月見が、巻き込まれる事で媒介者(ベクター)としての能力を手にしてしまい、それがその場に居た誰よりも強いものだったというだけ。
 少女のした事は少ない。燃やしただけだ――感情と理性で、怒りと意志を。
 キルシェはそれに相反して気に喰わなかっただけなので、特に何かを知っているという程の事は無い。寧ろ何も知らない。
「あの後、ツキミがどうなったかなんて尚更ね。想像しようとも思わなかったもの」
「成る程。月見君が私を狙うに至る理由なんて、知る由も無いね」
「その通りよ。ところで灰皿無いかしら?」
 キルシェは灰が落ちそうになっている煙草を見せながら鼎に訊く。
「あぁ――済まないけど、空いたグラスにでも入れといてくれないかな。今違うグラスを持ってくるよ」
「いいわよ、この一杯で終わりにするわ」
 キルシェはそう言うと、グラスの残りを一気に飲み乾す。そして空になったグラスに灰を落とすと、水に浸かって音を立てた。
 その、火が消えた瞬間。
「――そうか、全燔祭だったか」
 鼎は、納得した様に短く言った。
「は?」
「いや、月見君の能力の名は〝全燔の鏖殺(ホロコースト)〟だったね」
「そうよ。それがどうかしたのかしら」
「そうだね……彼女が私に繋がる理由が解ったかも知れない。だから殺人鬼の彼からの情報だけで、私を殺そうと決心したんだろうね」
「全っ然、話が見えないわ」
 不満そうに言うキルシェだが、鼎が物を見ている位置は明らかに自分と違うので、半ば呆れに諦めを混ぜていた。
「ツァラトゥストラは斯く語りき、という事だよ。彼女は一人で神の特定にまで辿り着いたんだろうね。うん、面白い」
「何言ってんのかちゃんと説明してほしいわー」
「多分、月見君は私と話をしようとする筈だよ。殺すのは確認が取れてからだね」
「あぁ、もういいわ。結論だけでいいわ、勝手にして」
 もうまともに鼎の言っている事を聞く気が失せたキルシェは投げ遣りにし始める。その隣で、鼎は思い付いた様に言った。
「そうだ、お茶会を開こう」


4/前脚の砂掛け

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Miraculous Answerer 5/気狂い共のお茶会

5/気狂い共のお茶会


「……ここがそうなんですか?」
 そうだよ、と月見に由は短く答えた。
 彼女の知らない街の路地裏で、一つだけ浮いて見える洋館。小さくもなければ大きくもない、まるでジオラマに作られた模型の様な館。これがもしも、もっと古臭く黴臭さを漂わせていたなら、間違い無く近隣の住民からは幽霊屋敷とでも呼ばれていただろう。
 月見はその洋館の前に立ち、不安にも似た昂揚を覚えた。
(ここに、カナエが居る)
 まだ会った事の無いその相手の、記号としての名前だけを彼女は思い、少しだけ震えた。望みに臨むこの場所で、期待が溢れ出しそうで自分でも上手く処理出来ない。
 すうっと、一度息を吸い込んだ。
 落ち着きを取り戻す為の深呼吸ではなかったが、焦燥の鼓動が上手く崩れ、何処と無く気は静まった。
 そして平素の心持で月見は中に入ろうとし、
「じゃ、俺は帰る」
「はぇ?!」
 出鼻を挫かれた。
「え、何。ハエ? 蝿がどうした。今の季節に珍しいな」
「ち、違いますよ。何で帰っちゃうんですか己さん、一緒に来てくれるんじゃないんですかッ」
「いや、だって案内するって約束は果たしたし」
「男の人だったら女の子を置いて帰るなんて駄目ですよ! ちゃんと最後まで居て下さいっ」
 面倒臭いなぁ、と由は本心を隠しもせずに片腕で頭を掻く。
「そろそろ殺したくなってきたから、繁華街に行きたいんだけど」
「コンビニ感覚で言わないで下さいよそんな事!」
「コンビニかぁ、確かに適当に見繕うのに丁度いいかもな。うん、俺コンビニ行ってくる」
「あたしと会話する気が無い?!」
 それじゃ、と歩き出した由の腕に月見は抱き付いて引き留める。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ。お願いですから一緒に来て下さいよ、ほらほら可愛い女子高生の頼みですよ?」
「ごめん、性欲より殺人欲の方が強いんだ俺」
「明けっ広げ過ぎます!! しかもあたしがただの頭の軽い子みたいじゃないですか!」
 うーうー、としがみ付いて腕を放す様子の無い月見に、はあぁ、と嫌そうな顔で由は溜め息を吐く。すると、いいか月見ちゃん、と真剣な声で言った。
「俺は――自由なんだ。だからコンビニに行く」
「カッコ付けて言うなそんな事!」
「煩いな。大体何で俺が付いて行かなくちゃいけないんだ。別に一人でもいいだろ。理由が無いぞ理由が」
 う、と月見は言葉に詰まった。無い訳ではない理由だが、それを素直に言うとなると気後れする。というよりも嫌だった。しかし言わなければ由は頑として行動を共にしてくれそうにない。
(あぁもう、面倒臭いなぁこの人。別に女の子の頼みなんだから聞いてくれたっていいじゃない……)
 などと、些か自分勝手な理屈で逡巡してから、月見は観念した。
「……えっと、その。一人だと、キンチョーする」
 それを聞いた由は、何処か可哀想なものを見る様な眼をした。
「……意外とヘタレなんだな、月見ちゃん」
 その一言で、ぷつん、と大して溜まってもいない筈の月見の堪忍袋の緒が切れた。ただの短気である。
「煩いですよ! えーヘタレです、あたしは一人じゃホラーも観れないヘタレです。暗いトコで妹に脅かされて半泣きしちゃう様なヘタレですよ。その腕燃やすぞ!?」
「逆切れかよ」
 全く以って由が正しい。
「逆切れして何か悪いですか、文句ありますか!」
「迷惑だ」
「喧しいですよ!!」
 不憫である。月見が。
 面倒を通り越して鬱陶しくなってきた由は、仕方が無い、と譲歩する事にした。このまま放っておいたら、残った自分の片腕が本当に炭にされるかも知れないという危険を感じてもいたのだが。
「判った。俺も付いていくよ」
「別にいいです、付いてなんか来てくれなくても! って――え? 嘘、ホント? やった、有り難うございます!」
 今度、この娘の事を殺そうかな――と、少しだけ本気で検討した由だった。

「おや、ようこそハートの女王様」
 そう言って玄関で月見を迎えたのは、燕尾服を着て兎の耳を付けた鼎だった。相も変わらず目隠しはしているが、それ以外は彼女の恰好は殆ど仮装である。
「眠り鼠も一緒だね、これで漸くお茶会の人数が揃ったよ」
 次に奇妙な呼び名で呼ばれたのは由だった。え、と彼は何かを言い掛けたが、鼎の事を考え、すぐに不承といった顔で首を傾げる。何かをしている事は判るのだが、その内容にはどうせ突飛過ぎて付いていけない。
 月見も似た様なものだった。もっと何か違う感じを期待していたのだが、予想外な出迎えに思考が停止してしまっている。先ず、鼎に会う事が何がしかの出来事に発展すると思っていたのに、意味不明な言葉を掛けられた。
「奥で帽子屋とアリスが待っているから、早く中にどうぞ」
 ――いや、自分達の来訪を知っていた素振りがある事自体が既に、月見が藤堂鼎という存在に求めているものの一端を証明してはいる。だから、彼女がすべき事は、相手の遣る事為す事に呑まれない様に、けれど決して逆らわない様にする事だ。
 月見は由に確認を取る様に振り向くと、彼は肩を竦める様にして見せただけだった。
(取り敢えず、向こうが何を考えてるか知らないと)
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。そこまで厳めしい状況ではなかったが、気持ちの上では月見はそう感じていた。
 そして彼女は奥に進み、お茶会に参加しようとして、
「……久し振りね、ツキミ」
 帽子屋の恰好をした吸血姫が居る事に、驚きを隠せなかった。
「――何で、キルシェが居るの。しかもそんな恰好で」
 三年前に殺し合い、未だに組織単位で自分を狙っている相手を前にして、月見は一気に敵愾心を露にする。
「カナエとワタシは古い知り合いなのよ。それをアンタがローストにしようとしているって物騒な話を聞いたから、ここに居んの。……あ、それとこの帽子屋の恰好は断じてワタシの趣味じゃないから」
 平然と敵意を受け流しながらキルシェは答える。暗に宣戦布告をしたも同然なのだが、月見もそれを真には受けずに流した。
 その隣で今度は由が見知った顔を見つけ、軽い驚きの声を上げる。
「お前……あの時の」
「うげっ、殺人鬼」
 由の視線の先には、眼帯を付けたアリスが居た。
 長い黒髪のウィッグを付け、エプロンドレスを着たアリスの恰好をした有栖は、由の事を見て嫌そうに顔を歪める。少し憔悴した顔と、居た堪れなさそうにしているところを見ると、あの服は無理矢理着させられたらしい。
 二人はどちらともなく無言で言葉を探す。彼等の間には特別な何か――初対面で殺し合った事を除けば――がある訳ではないので、面識の上にそれ以上のモノを築けそうになかった。
 彼氏彼女がそれぞれの奇妙な知己を相手に黙りこくっていると、ぱん、と鼎が手を叩いた。
「さぁさ、揃いも揃った気狂いの面々。いつまでも黙っていたらお茶が冷めるよ、時間が臍を曲げる前に早くお茶会を終わらそうじゃないか!」
 あぁっ、と気が付いた様に、鼎は大仰に頭を押さえてキルシェに言う。
「そう言えば帽子屋は大分前に時間と喧嘩別れしてたね。失敬失敬」
「キャラ違うわよアンタ」
「今は三月じゃないよ、三月兎も性格は違うに決まっているさ!」
 大分場の空気が壊れている気がする中で、あのー、と有栖がそろりと手を挙げた。
「そもそもこの集まりの意味が判んねぇんですけど俺。何でこんな情け無い恰好しなくちゃならないんすか」
「有栖だからだよ」
 鼎はしれっと答えた。
「……理不尽過ぎます」
 へこたれそうになっている有栖の後ろから、ひょいと黒い影が飛び出しテーブルの上に乗る。その影が彼に向かって言った。
『アリス。カナエのやっている事には、狙いはあっても意味が無い事が多いよ。考えるだけ無駄だ』
 無愛想な声で言ったのは柘榴だった。彼女だけは特に何も仮装はしていないが、それはこのお茶会で宛がわれる役目が無かったのではなく、
「チェシャ猫、何でにやにや笑いが無いんだい? そうでなければ今の君はただの猫なのかい!?」
 素で与えられた役があっただけである。
『…………』
 無用なハイテンションの鼎に、柘榴は困った様に喉を鳴らすだけだった。あたしはブリティッシュ・ボンベイ種だ、と言う訂正の呟きが虚しい。
 その一方では、媒介者達(ベクター)の世界に片足しか突っ込んでいない由が現実に追い付けていなかった。
「……怪訝しいな、猫が喋ってる様に見えるんだけど」
「喋ってますよ? 可愛いなぁ、猫。家でも飼いたいんですけど、お姉ちゃんが許してくれないんですよね」
 異能に耐性のある月見はさらっと柘榴の〝言語活動(ランガージュ)〟を受け入れるが、超常現象程度しか知らない由は猫が喋る事をどうしても直視出来ない。現実味の差だろう。
「やばいな……情緒不安定になりそうだ。ちょっと人殺してきてもいいかな?」
「あ、はい。どう――じゃなくて今度は一服感覚ですか!? 駄目に決まってるじゃないですか!!」
 ふぅ、と由は嘆息する。
「全く、最近は殺人者も肩身が狭くなったな」
「何ですか、その世知辛そうな顔。余裕で犯罪行為なのに、何で世間が悪い様な顔してるんですか」
「だってほら、少なくとも殺人鬼にだって人権はあるだろ?」
「病院行け」
 発想の展開と転換が病気のレベル。そんな諦めから思わず月見は半ば退き気味に冷淡な調子で答えていた。
 お茶会の様相を呈していた堂は、今や各々の自分勝手な雑談場になっている。誰彼無しな会話が飛び交う様は、まともに話も出来ない気狂い共のお茶会になっていた。
 兎に角ッ――纏まりの無さを見兼ねた柘榴がテーブルを叩く。猫の手では、たしっという気の抜けた音しか鳴らないのだが。
 しかしそれが逆に、柘榴に注目を集めた。それは丁度、冗談が滑った人に掛ける言葉を探す様な、何とも居た堪れない視線に近い。
『……えー』
 自分でも遣らかしたと判っている分、辛い柘榴だった。
『と、だ。このお茶会の意味をあたしは知らないから主催者が纏めなよ』
「あ、逃げた」
 煩いっ、と柘榴は有栖に不機嫌に答えると、彼の膝の上に移動し丸くなった。
 ふぅむ、と芝居掛かった口調で鼎は言う。
「女王様。取り敢えず席に着かれてはどうですか? 眠り鼠も適当な場所に座るといい」
 促され、月見と由は少し迷いながらも椅子に座った。
 用意された三つ脚の円卓の席には、鼎の両脇に有栖とキルシェが着いている。卓の余った場所は、互いの知った顔が対面に来る様に、由と月見が囲んだ。
 鼎は紅茶を全員に回し、行き渡った事を確認すると、言った。
「さて、女王様――貴方の神を殺しましょう」


6/ザラスシュトラの話

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