■Calendar

06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

■Comment

Name:
無料掲示板

■Twitter

■Search

阿呆

 二月十四日。
 世間的に言う、バレンタイン・デイ。
 日本では、女性が愛情の証に男性に贈り物をする日で、一般的にはチョコレートを送るのが習慣となっている。国外では普通は贈る物は何でもいいらしいけれど、この国ではチョコレートを送る様に何か色々と紆余曲折があったらしい。最近ではチョコを受け取ると爆破されるらしいから怖い話だ。や、冗句だけどね?
 そして今、僕の前には一つの箱が置かれている。
 高級そうなシックなデザインのされた黒い箱には『GODIVA』の刻印。
 そうな、ではなく間違い無く高級チョコだった。
 僕の乏しい知識の中でも、恐らく数千円はする代物である事は確かな一品だ。だってゴディバだよ? あのゴディバ。高級チョコメーカーの中で一番有名なんじゃないっかっていうゴディバ。ドイツっぽいけど実はベルギーなゴディバ。偏見でした済みません。
「これは……何かな?」
 チョコから目を離し、顔を上げるとそこには笑顔の簓木が。
「あら、何ってチョコレートよ。今日が何の日か判らない訳じゃないでしょう?」
 因みに、今この状況は僕の自宅で進行している。つい先程、僕の家にやってきた簓木がチョコを持参してやってきたという事だ。
「勿論判ってるけど、何で僕にこんなものを渡すのか、って訊いているんだけど」
「やだ……判ってる癖に……そんなの女の子に言わせないでよ……」
 顔を赤らめてもじもじする簓木サン。可愛いけど胡散臭さが凄い。詐欺以外の何物でも無い。
「――何が目的だ」
「あら酷い。他意なんか無いわよ」
「他意の塊の君がそれを言うのか」
 随分と疑われてるのねぇ――簓木は溜息を吐いた。
「別に今回は本当に特に何も無いわよ。何を疑うのかしら」
 やれやれ、と言わんばかりに彼女は芝居掛かった風に首を振る。
「……だったら、この中のチョコを一つ食べてもらおうじゃないか」
 別にいいわよ、と彼女は軽い調子で箱の蓋を空けて無造作にチョコを取ろうとする。
「ちょっと待った。食べてもらうチョコは僕が選ぶ。君が何か仕掛けていたとしたら、回避する手段も用意している筈だからね」
「凄い疑い様ね。私の事を評価してくれていると受け取ってもいいのかしら?」
「ご自由にどうぞ。取り敢えず僕がチョコを選ぶからちょっと待ってもらえるかな」
 はいはい、と彼女は足を組んでソファに深く座り直した。
 さて――どうしたものか。二十粒入りのチョコの中から、彼女が何も仕掛けていないであろう回避手段を見つけなくてはいけない訳だけど。
 いやそもそも彼女がチョコに何か仕掛けているという心理的罠に僕は落ちていないか? もしかしたら箱自体に、特に内箱に何かあるかも知れない。こうして僕が彼女を疑い、チョコを一粒選ぶところまで計算済みだとしたら、僕がチョコを取った瞬間に僕に向けて中身が全て爆発したとしても怪訝しくはない。
 ならば先に確認すべきは箱の確かな重さだ。見た目通りの重さならば何かが仕掛けられている可能性は低いだろう。そうとなれば箱を持ち上げて――いや駄目だ。もしも箱を持ち上げただけで反応する加重・加圧系の仕掛けがされていたなら結果は変わらない。
「……簓木、ちょっと箱を持ち上げてくれないかな」
「は? いいけど」
 はい、と彼女は箱を持ち上げた。僕はそれを受け取る。
「うん……有り難う」
 取り敢えずはクリア。受け取った感じ、箱の重さも普通だ。僕は箱を戻し、再び思考を巡らせる。
 ならば、ここに仕掛けられているの罠は、やはりチョコの何れかに仕掛けられていると考えるべきだろう。問題はそれがどれなのか、という点か。少なくとも確率勝負で危険な事をする訳は無いだろうし、どれか一つが正解という手段を取っている筈だ。つまり、この場面では僕が最も簓木に食べさせようとするものがセーフという事になるのだろう。
 裏を返せば、僕が最も簓木に食べさせようとしないものがイコール罠に直結していると見て間違いが無い。だとしたら、この中で選ぶとしたら断然それは僕が好きなナッツを練り込んだチョコ、プラリネ。
 好物をむざむざ食べさせるという発想は通常無い筈だ。故にこれこそが正解に近いもの……
「ねーねー、まだ選び終わらないのかしら?」
 だがしかし、逆にそこを衝いてくるのが彼女だ。目の前でつまらなそうに組んだ足を解いてぶらぶらさせる彼女は、何手先まで読めるか判らない。
 これ以上の深読みは泥沼だろう。裏の裏の裏の……と、考えていては何も意味が無い。
「よし、決まったよ」
「どれかしら?」
「このガナッシュを食べてもらおうか。あぁ、いや簓木、君が取らないでいい。僕が君に食べさせる」
「あら何で?」
「君の手に渡したら摩り替えられても不思議じゃないからだよ」
「滑稽なぐらい慎重ねぇ……」
「何とでも言え。ほら、早く食べて」
 簓木の口にガナッシュを持っていくと、彼女はそれを一口だけ齧った。そして少し咀嚼して言う。
「うん、美味しいわよ。流石高級チョコ」
「…………」
 何も、無い……?
「ほら、無害は証明したし、私はそろそろ帰るわよ。折角買ってあげた高級チョコなんだから、有り難く食べなさいよ」
「え? ん、あぁ」
 んん? いやマジで何も無いの? 遅効性とかじゃなくて? それとも僕の選択肢が間違いだったの?
 わ、判らない……。
 僕が頭を抱えてそうこうしている内に、簓木はさっさと帰ってしまい、僕は余計に頭を抱える事になった。そして、その後慎重にチョコを選んで、一粒食べるのに一時間掛けた。

 凉の家からの帰り道、鏡花は鼻歌交じりに歩いていた。
「いやー、まさか槻木君からチョコを食べさせてもらえるなんてね」
 そう言う彼女の足取りは何処か楽しそうだった。
 そして彼女は振り向き、凉の家に向かって微笑んだ。
「私もたまには本心で動く事もあるのよ、槻木君。ま、あたふたするのは想定済みで楽しかったけどね」

 バレンタインネタ。ネタくれ、って言ったら『簓木さんから高級チョコもらって怯える槻木君』って言われたから書いた。何かが違う気がする。

拍手[0回]

Trackbacks

TRACKBACK URL :

Comments

Comment Form