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Memory Isotope 6/澪の流れ:Side-L

6/澪の流れ:Side-L


 今日は君の眼について話そうか、とカナエさんは言った。
「ちょっ、待って下さいよ。俺は――」
 いやいや、とカナエさんは俺の言葉を遮る。
「人の話は聞きなよ。君の眼は関わってくるんだから」
「…………」
 実は俺の話を何も聞いてなかったんじゃないだろうか、この人。
『……アリス、カナエの話を聞く時のポイントは、何も考えずに頭を使う事』
 カナエさんの膝の上で撫でてもらっていた柘榴ちゃんが、如何にも我関せずと適当な事を言う。
 考えないで頭使うって、無茶苦茶じゃねぇか。
「まぁ、その〝忘却の澪(レテ)〟の右目がそもそもの原因なんだ。それについて知ってもらわないと先ず話が進まない」
「そうですけど……これと長年付き合ってきた俺にも解らないのに、解るんですか?」
「私は〝天啓の万象(グノーシス)〟を持っているんだよ。この能力はね、万象の認識と知識をあたしに教えるんだ」
 えー、えー、早速意味が解りません。何を仰っているのでしょう、助けて柘榴ちゃん。縋る様にアイコンタクトを試みると、目を逸らされた。酷ぇ。
「それって……、何でも知っているって事ですか」
 俺なりに苦し紛れに考えないで頭を使うと、口から質問が出た。
「違うよ、あたしは『全知』にはなれない。個の存在だからね。全は一、一は全だが、全を知る一は居ないんだ」
「いや、意味が解りません」
「知ってるよ」
「…………」
「そんな顔しない。ちゃんと説明してあげるから。君が自分以外の異能者に会ったのが初めてなのは解ってるよ」
 俺、ただ無礼られてるだけじゃねぇのか。
 カナエさんは話を続ける。
「先ずね、私は世界から教えてもらっているんだ。世界には――アカシックレコードとでも言うのかな? 兎に角、時間軸から外れた全ての保存庫がある。判るかな?」
 ……うん、オカルトは判らん。
「そっか、判らないか。まぁいいよ。それで理論上、〝天啓の万象(グノーシス)〟は全てを知る事が出来るのだけど、私は全てを知る事は出来ない」
「何でですか」
「急かすね君は。理解の説明は難しいんだぞ。――で、私が知る事が出来ないのは未来の事だよ。〝天啓の万象(グノーシス)〟は保存庫の中身を提供するけど、私は時間軸から外れていないのだから、どう足掻いたって時間軸から外れた事は枠の外だ。更に、私自身は一だ。全じゃない。よく錬金術であるだろう、今は漫画とかで使われているから少し有名になっているけれども、万物流転の『全は一、一は全』という奴があるだろう?」
「俺は知りませんよ、そんな事」
「おや、そうかい? ……あ、本当に知らないみたいだね。相手をするのが面倒なのかと思ったよ」
 いや、実際訳解んないから面倒だって。
「まぁ、全という世界は文字通り全てだから、アカシックレコードは全ての保存庫になりうる。だけど、私は一だ。関われるものは限られる。関わっていないものの事を知る事の出来る人間は居ないからね――居たとしたらそれはまた別の能力かな、因果の強制決定だったり、要素の演繹と帰納で導いたり――まぁ兎に角。だから私は接触している対象の事なら知る事が出来るんだよ」
「……確かに、知れはする様ですね」
 今までの事でそれは経験済みだ。
 こっちが言ってない事を勝手に理解して話をするもんだから、傍目にはカナエさんは黙りこくってる俺に嫌がらせをしてるみたいに見える。
『それはお前の頭が悪いだけだろ』
「うぇいっ?! なんで柘榴ちゃんに俺の考えてる事が解るんだ!?」
『いや、表情』
 ……そんなに判り易いか。
「まぁ、有栖君の事は置いといたとしても、私は現在進行の今ならば知る事は出来るよ。今も、君の心を知ろうとすれば幾らでも知れる、まぁそんな悪趣味で心身辛い事はしないけどね」
「ん? それじゃあ時間軸の事を言うなら、同じ様に今、関わり続けている状態のものの事しか知れないって事ですか?」
「はずれー。あたしが時間軸の問題で知る事が出来ないのは未来の事だけだよ。過去には端的に、そして乱暴に言うと絶対関わっているからね」
「どうい――」
「どういう事かと言うとだね、世界の要素は全て相互に収束と発散を繰り返す様になっている。これは循環だね、世界が流れる事、俗に言うパンタ・レイだ」
「それ――」
「それが即ち、世界は互いに関わりあっているという事で、これはとても重要な事だ。関わった時点でその要素は互いに、極限的に未来に近い現在を共有する事になる。それはつまり、それの世界で最新の結果だ。結果は過程を経ないと得られない――過程無く生まれるものは存在せず、全ての存在はそこに在る事で過程を保有し続ける。つまり、知らないし解らないだけで、私達は相当数の、それこそ眩暈を起こしそうな事象に囲まれて、またそれを得ているんだよ」
「だ――」
「だから、私は過去の事ならば確実に知る事が出来る。個々が関わった事の紐解けない過程を、私なら知る事が出来る。まぁただし、事実としてだから人類の歴史的な認識とあたしの認識に差異が出る事もあるんだけどね。簡単に言えば、未来を知る事が出来ない『ラプラスの魔』かな」
「――――」
 わざとか、この人。
「勿論、わざとだよ」
「…………」
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか。ちゃんと君の事に繋がる話なんだし」
「……何に繋がるんですか」
「君の右目だよ。それ、大変だろう? 殺人衝動を抑えるのに大分苦労したみたいじゃないか」
「――そんな事まで、解るんですか」
 それって、まだ俺がカナエさんのところに行き着く前の事じゃねぇか。しかも話に出してすらいない事だ。
 視覚を閉じてるから、完璧じゃないけどね――と何処か寂しそうにカナエさんは微笑った。
「さて、先刻の世界の繋がりから言うと、君の場合は、水脈の様に繋がった忘却の過程が問題なんだよね。暴走してるし」
「暴走? 眼帯で抑えられてますけど」
 だから、俺は眼帯を忘れた時に、殺しに魅入られちまったんだ。
 ぞくぞくと、肚の底から。
「違うよ、そうじゃない。それは貰い物だろう。君は〝忘却の澪(レテ)〟の本来の持ち主じゃない。まぁ持ち主は死んでいるから仕方が無いのだけれど」
「確かに……、この眼は兄貴からの貰いもんです。俺が眼帯と付き合い始めたのもそれが原因だって思いますよ。けど暴走なんかしていませんって」
「違う、本来の持ち主の手を離れた時点で、その眼は暴走しているんだ。君には絶対に制御出来ないから、そうやって眼帯で抑えるしかない。だからこそ、殺人衝動なんかに悩まされているんだろう? 制御出来ているならそんな事には悩まされない」
「…………」
 なら、俺はこの右目と一生付き合っていかなくちゃならねぇのか。
 そして、このどす黒い感情とも。
 一度染まった汚れが完全に落ちねぇ様に、俺は脳味噌にこびり付いた人を殺す事への欲求を溜めていくのか。出来る事なら、頭ん中を開いて余分な部分をがりがりと削っちまいたい。そうすりゃ、何も考えずに一方向に死んで逝けるだろうに。
 馬鹿だな――気が付くと、いつの間にか俺の目の前にちょこんと座っていた柘榴ちゃんが言った。
『何をそんな暗い顔をしてるんだ。カナエはお前に解決策が無いなんて言ってないだろう』
「そうだね。確かに今回の殺人の件は君の不注意だ。けど、遣り方は幾らでもある」
「……はい?」
「君の眼は、飽くまで『過去に触れる』だけだ。〝忘却の澪(レテ)〟の意味を君は知ってるかな?」
「いや、知りませんよ。生まれて初めて聞いた言葉なんですから」
 そんなの知ってたら自分で調べるぐらいするっての。いや、調べても判らなさそうだが。
「その『レテ』という名前はね、冥府を流れる忘却の川の名前だ。その水を飲めば、過去を忘れられると言われてる」
「忘れる? だって、俺の眼は」
 過去を視る。それが何で記憶を吹っ飛ばす様な川の名前が付いてるんだ。
 それだよ、とカナエさんは言う。
「記憶というものが要点だ。〝忘却の澪(レテ)〟は、『記憶』の記銘・保持・再生・再認という仕組みの中で、本来個人の裡でのみ存在するそれに触れる事が出来る。その名が示す水――レテは、個人に這入り込んだ時、脳を破壊する事無く経験情報を奪い去る、その雫の中に記憶を吸い込むんだ。そして何れ必ず忘れ去られる――つまり消滅する――全ての『記憶』は支流として本流に当たる、〝忘却の澪〟に『記録』として戻る事になる。だから、この澪の流れを識る者は、過去に触れる事が出来るんだ」
「よく、解んねぇんですけど――」
 先刻の保存庫の事だろうか。
 それは個人の記憶が、個人が持ってたもんが流出して最終的に行き着く場所なのか。だが、『記憶』が『記録』になるってのはどういう意味だ。
「厳密には君の考え方とは違うね」
「じゃあ、どういう」
「記憶というものを定義した時、憶えを記すという風に、記憶は記憶者により記されるものである限り主観でしかなくて、完全に私情が介入して構成されてるんだ」
 だから、とカナエさんは一拍置いた。
「君と私の能力は似て非なるものだ。君は記憶を視て、それを扱えないから侵される。私は記録を得て、それを扱えるから全てを知る事が出来る」
 ここまでくればあとは瞭然――カナエさんは微笑んだ。
「大本を絶てばいいんだ。君に流れ込む原因になったモノを、君が凌駕する事が出来ればいい」
「それは、どうすれば――」
 いいんですか、と訊くと、カナエさんはとても面白そうに、にやりと笑った。
「殺人衝動に従えばいいのさ」


7/同位人格:Side-Lethe & Murderer

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