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Memory Isotope 1/とある人殺しの回想:Side-L

1/とある人殺しの回想:Side-L


 最悪な日ってもんがある。
 目と意識を逸らしたくなる様な状況にばかり曝されて、二十四時間どうやって逃避をすればいいのか悩む日の事だ。
 誰だって生きていれば、それこそ俺の様に十九年程生きてれば、数えてないかも知れないが二桁以上はそんな日がある。これは断定だ、例外は認めんよ。
 で、俺の場合は厄介な事に、俺が最悪と定義する日は簡単に訪れてしまう。何故なら俺自身がある状態を最悪だと思っているから。
 眼帯を忘れた日が最悪だ。
 視える右目を隠す為の眼帯。普通の、医療用の、市販で売ってる奴ね。特別製でも何でも無い。要は、片目を瞑り続けるのも片手で押さえ続けるのも疲れるから買っただけ。包帯でもいいんだけどね、明らかに怪しいでしょ、包帯で右目を隠す男って。
 ちょっと前に事故に遭ったせいで、家族は俺以外皆死んじまって、その時に俺の右目は死んだ。けど代わりに兄貴の角膜を移植されたから、俺の眼は全くの健康体。
 そう、だからこそ、何でこいつ眼帯なんか付けてんの? みたいな疑問が湧くだろう。本当は俺だってやだよ。何かヴィジュアル系みたいだし。だけど、俺は天涯孤独になっちまったから――いや、親戚は居るけれども――この眼について相談出来る家族は居ない。
 事故から社会復帰した時には、今までの知り合いとは音信不通にせざるを得なかったから、それ以外の事情を知らない人は皆、俺の眼が見えていない、もしくは怪我か病気でもしているとでも思うのだけど、まぁ違うんだよね。ばっちり見えてるしね。視力は両目とも〇・九。本当にばっちりだ。生活には障り無し、ネタにしては障り有り。
 そもそも、この眼について本気で誰かに話すとなると相当の勇気が要る。何故って、俺的にはこれ、邪気眼だもん。発作的に思春期全開で『オレの右目が疼く……!』みたいな事にはならんけど、視えるってだけで、ただの夢の国の住人になっちまう。
 でだ。で、だ。俺がどういう状況なのかと言うと、眼帯は、無い。
 つまり俺は最悪絶不調。
 袋小路の路地裏で茫然としていて、糠雨が鬱陶しい。そんな光景が視えますね。いや、誰も来てないから誰もそんな光景は見てないでしょうがね。
 妙に空気が生暖かい。湿度が高い、梅雨独特の空気。じっとりとした肌に纏わり付く湿気が、ほんの少しの運動だけで汗だか水だか判らないままに服をぐっしょりと湿らせる。
 その実、鼓動は早い。
 身体の中心が震源にでもなっている錯覚を起こしそうなアレグロさ。動悸は激しく吐く息も荒い。耳の奥から溶岩の様な音がする。落ち着けと息を吸い込み吐き出すが、それでも心臓は言う事を聞かない。
 ――あぁ、いや。
 それ以前に雨が降っているから関係無い。どんなに身体が芯から火照ろうが冷やされようが、着ている服がぐしょぐしょになったまま立ち尽くす。目前にある今一番の今日最大の最悪に、忘我するだけ。
 ここは普段誰も通らない路地裏。今この状況が露呈する心配も無い。証拠は雨で流れるし、臭いなんかも漂わない。少なくともここを充分に離れてからでないとバレる事はそうそう無い――そうだ、自分のやった事に不安は無い。
 不味い。
 不味いんだよ。このまま本当にあっさりと逃げ切れたら、味を占めちまいそうだ。一瞬の、一時の恍惚。たったあれだけの短い時間で、あそこまでの悦楽染みた狂感を得られるなんて、不味過ぎる。
 知っちまったら戻れない――戻り方を知る気が失せる。
 一方的な嗜虐感。単純な、それでいて歪な闘争本能。脳味噌の回路が打っ壊れそうに興奮が巡る。目前の事以外には、もう何も考える気が無くなる危険な信号伝達。奪ってやったという明確な支配に、気持ち悪く笑みが零れちまう。
 これは理性じゃあお話にならない。
 一つ、困ったのは――感覚とは別に、俺が殺人という事実に耐えられるか、どうかだ。


2/そもそもの端緒:Side-M

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