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Memory Isotope 6/澪の流れ:Side-L

6/澪の流れ:Side-L


 今日は君の眼について話そうか、とカナエさんは言った。
「ちょっ、待って下さいよ。俺は――」
 いやいや、とカナエさんは俺の言葉を遮る。
「人の話は聞きなよ。君の眼は関わってくるんだから」
「…………」
 実は俺の話を何も聞いてなかったんじゃないだろうか、この人。
『……アリス、カナエの話を聞く時のポイントは、何も考えずに頭を使う事』
 カナエさんの膝の上で撫でてもらっていた柘榴ちゃんが、如何にも我関せずと適当な事を言う。
 考えないで頭使うって、無茶苦茶じゃねぇか。
「まぁ、その〝忘却の澪(レテ)〟の右目がそもそもの原因なんだ。それについて知ってもらわないと先ず話が進まない」
「そうですけど……これと長年付き合ってきた俺にも解らないのに、解るんですか?」
「私は〝天啓の万象(グノーシス)〟を持っているんだよ。この能力はね、万象の認識と知識をあたしに教えるんだ」
 えー、えー、早速意味が解りません。何を仰っているのでしょう、助けて柘榴ちゃん。縋る様にアイコンタクトを試みると、目を逸らされた。酷ぇ。
「それって……、何でも知っているって事ですか」
 俺なりに苦し紛れに考えないで頭を使うと、口から質問が出た。
「違うよ、あたしは『全知』にはなれない。個の存在だからね。全は一、一は全だが、全を知る一は居ないんだ」
「いや、意味が解りません」
「知ってるよ」
「…………」
「そんな顔しない。ちゃんと説明してあげるから。君が自分以外の異能者に会ったのが初めてなのは解ってるよ」
 俺、ただ無礼られてるだけじゃねぇのか。
 カナエさんは話を続ける。
「先ずね、私は世界から教えてもらっているんだ。世界には――アカシックレコードとでも言うのかな? 兎に角、時間軸から外れた全ての保存庫がある。判るかな?」
 ……うん、オカルトは判らん。
「そっか、判らないか。まぁいいよ。それで理論上、〝天啓の万象(グノーシス)〟は全てを知る事が出来るのだけど、私は全てを知る事は出来ない」
「何でですか」
「急かすね君は。理解の説明は難しいんだぞ。――で、私が知る事が出来ないのは未来の事だよ。〝天啓の万象(グノーシス)〟は保存庫の中身を提供するけど、私は時間軸から外れていないのだから、どう足掻いたって時間軸から外れた事は枠の外だ。更に、私自身は一だ。全じゃない。よく錬金術であるだろう、今は漫画とかで使われているから少し有名になっているけれども、万物流転の『全は一、一は全』という奴があるだろう?」
「俺は知りませんよ、そんな事」
「おや、そうかい? ……あ、本当に知らないみたいだね。相手をするのが面倒なのかと思ったよ」
 いや、実際訳解んないから面倒だって。
「まぁ、全という世界は文字通り全てだから、アカシックレコードは全ての保存庫になりうる。だけど、私は一だ。関われるものは限られる。関わっていないものの事を知る事の出来る人間は居ないからね――居たとしたらそれはまた別の能力かな、因果の強制決定だったり、要素の演繹と帰納で導いたり――まぁ兎に角。だから私は接触している対象の事なら知る事が出来るんだよ」
「……確かに、知れはする様ですね」
 今までの事でそれは経験済みだ。
 こっちが言ってない事を勝手に理解して話をするもんだから、傍目にはカナエさんは黙りこくってる俺に嫌がらせをしてるみたいに見える。
『それはお前の頭が悪いだけだろ』
「うぇいっ?! なんで柘榴ちゃんに俺の考えてる事が解るんだ!?」
『いや、表情』
 ……そんなに判り易いか。
「まぁ、有栖君の事は置いといたとしても、私は現在進行の今ならば知る事は出来るよ。今も、君の心を知ろうとすれば幾らでも知れる、まぁそんな悪趣味で心身辛い事はしないけどね」
「ん? それじゃあ時間軸の事を言うなら、同じ様に今、関わり続けている状態のものの事しか知れないって事ですか?」
「はずれー。あたしが時間軸の問題で知る事が出来ないのは未来の事だけだよ。過去には端的に、そして乱暴に言うと絶対関わっているからね」
「どうい――」
「どういう事かと言うとだね、世界の要素は全て相互に収束と発散を繰り返す様になっている。これは循環だね、世界が流れる事、俗に言うパンタ・レイだ」
「それ――」
「それが即ち、世界は互いに関わりあっているという事で、これはとても重要な事だ。関わった時点でその要素は互いに、極限的に未来に近い現在を共有する事になる。それはつまり、それの世界で最新の結果だ。結果は過程を経ないと得られない――過程無く生まれるものは存在せず、全ての存在はそこに在る事で過程を保有し続ける。つまり、知らないし解らないだけで、私達は相当数の、それこそ眩暈を起こしそうな事象に囲まれて、またそれを得ているんだよ」
「だ――」
「だから、私は過去の事ならば確実に知る事が出来る。個々が関わった事の紐解けない過程を、私なら知る事が出来る。まぁただし、事実としてだから人類の歴史的な認識とあたしの認識に差異が出る事もあるんだけどね。簡単に言えば、未来を知る事が出来ない『ラプラスの魔』かな」
「――――」
 わざとか、この人。
「勿論、わざとだよ」
「…………」
「そんなに睨まなくてもいいじゃないか。ちゃんと君の事に繋がる話なんだし」
「……何に繋がるんですか」
「君の右目だよ。それ、大変だろう? 殺人衝動を抑えるのに大分苦労したみたいじゃないか」
「――そんな事まで、解るんですか」
 それって、まだ俺がカナエさんのところに行き着く前の事じゃねぇか。しかも話に出してすらいない事だ。
 視覚を閉じてるから、完璧じゃないけどね――と何処か寂しそうにカナエさんは微笑った。
「さて、先刻の世界の繋がりから言うと、君の場合は、水脈の様に繋がった忘却の過程が問題なんだよね。暴走してるし」
「暴走? 眼帯で抑えられてますけど」
 だから、俺は眼帯を忘れた時に、殺しに魅入られちまったんだ。
 ぞくぞくと、肚の底から。
「違うよ、そうじゃない。それは貰い物だろう。君は〝忘却の澪(レテ)〟の本来の持ち主じゃない。まぁ持ち主は死んでいるから仕方が無いのだけれど」
「確かに……、この眼は兄貴からの貰いもんです。俺が眼帯と付き合い始めたのもそれが原因だって思いますよ。けど暴走なんかしていませんって」
「違う、本来の持ち主の手を離れた時点で、その眼は暴走しているんだ。君には絶対に制御出来ないから、そうやって眼帯で抑えるしかない。だからこそ、殺人衝動なんかに悩まされているんだろう? 制御出来ているならそんな事には悩まされない」
「…………」
 なら、俺はこの右目と一生付き合っていかなくちゃならねぇのか。
 そして、このどす黒い感情とも。
 一度染まった汚れが完全に落ちねぇ様に、俺は脳味噌にこびり付いた人を殺す事への欲求を溜めていくのか。出来る事なら、頭ん中を開いて余分な部分をがりがりと削っちまいたい。そうすりゃ、何も考えずに一方向に死んで逝けるだろうに。
 馬鹿だな――気が付くと、いつの間にか俺の目の前にちょこんと座っていた柘榴ちゃんが言った。
『何をそんな暗い顔をしてるんだ。カナエはお前に解決策が無いなんて言ってないだろう』
「そうだね。確かに今回の殺人の件は君の不注意だ。けど、遣り方は幾らでもある」
「……はい?」
「君の眼は、飽くまで『過去に触れる』だけだ。〝忘却の澪(レテ)〟の意味を君は知ってるかな?」
「いや、知りませんよ。生まれて初めて聞いた言葉なんですから」
 そんなの知ってたら自分で調べるぐらいするっての。いや、調べても判らなさそうだが。
「その『レテ』という名前はね、冥府を流れる忘却の川の名前だ。その水を飲めば、過去を忘れられると言われてる」
「忘れる? だって、俺の眼は」
 過去を視る。それが何で記憶を吹っ飛ばす様な川の名前が付いてるんだ。
 それだよ、とカナエさんは言う。
「記憶というものが要点だ。〝忘却の澪(レテ)〟は、『記憶』の記銘・保持・再生・再認という仕組みの中で、本来個人の裡でのみ存在するそれに触れる事が出来る。その名が示す水――レテは、個人に這入り込んだ時、脳を破壊する事無く経験情報を奪い去る、その雫の中に記憶を吸い込むんだ。そして何れ必ず忘れ去られる――つまり消滅する――全ての『記憶』は支流として本流に当たる、〝忘却の澪〟に『記録』として戻る事になる。だから、この澪の流れを識る者は、過去に触れる事が出来るんだ」
「よく、解んねぇんですけど――」
 先刻の保存庫の事だろうか。
 それは個人の記憶が、個人が持ってたもんが流出して最終的に行き着く場所なのか。だが、『記憶』が『記録』になるってのはどういう意味だ。
「厳密には君の考え方とは違うね」
「じゃあ、どういう」
「記憶というものを定義した時、憶えを記すという風に、記憶は記憶者により記されるものである限り主観でしかなくて、完全に私情が介入して構成されてるんだ」
 だから、とカナエさんは一拍置いた。
「君と私の能力は似て非なるものだ。君は記憶を視て、それを扱えないから侵される。私は記録を得て、それを扱えるから全てを知る事が出来る」
 ここまでくればあとは瞭然――カナエさんは微笑んだ。
「大本を絶てばいいんだ。君に流れ込む原因になったモノを、君が凌駕する事が出来ればいい」
「それは、どうすれば――」
 いいんですか、と訊くと、カナエさんはとても面白そうに、にやりと笑った。
「殺人衝動に従えばいいのさ」


7/同位人格:Side-Lethe & Murderer

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Memory Isotope 5/『殺人』講釈:Side-M

5/『殺人』講釈:Side-M


「例えば、私は太宰が大嫌いだ」
 二度目の訪問で、鼎さんはそう言った。
 鼎さんは前とは違って、アオザイを着ていた。ただ、目隠しだけは変わらずに付けている。
「世にも有名な死にたがりの彼だけど、『生まれてきて済みません』と言う割には、作家として大成している」
 殺人の話を聞きに来たのに、鼎さんは関係無い事を倩々と語る。
 俺が、何故人を殺したくなるのか。その原因を話してくれる筈だったんだけど、どうでもいい事を語り出す。
 初対面での第一印象から変人だったけど、更に意味が解らない。けれどもこの人が俺の事を、問題を解決出来るという事は、その独特の雰囲気――妖しげ、とでもいうのか――から期待出来てしまう。
「彼は何をしたかったのだろう。それを考えるととても面白い。例えば『走れメロス』は太宰の作品の中でも、希望や明るさがあると言われているけれども、私の裡ではアレは彼一流の皮肉と自虐に見える」
 はぁ、と俺は適当に相槌を打つ。
「自分に出来ない事、そして有り得ない事を描く事で、自分の人格を何処かで正当化しようとしている様に見えるんだ。『見ろよお前等、世界はこんなもんだ』ってね。けど彼は挫折する、何故なら自分が大好きの癖に、それを否定して嫌悪しているからね」
 この話に、意味はあるのだろうか。
 何を語って、俺に繋がるのだろうか。
「最終的に彼は自殺を試みた。自分を殺そうとした。けれど失敗した挙句に、心中相手だけを殺したんだ」
 ざまぁみろだね、と鼎さんは、あっはっはっはっ、と笑う。
 笑えない。
 何を笑うべきだったのか、よく解らない。
「まぁ、最終的に自殺は成功したんだけどね。まぁ、繰り返していれば死ねるだろうさ」
 鼎さんの眼は、目隠しの下で少し面白くなさそうにした様に見えた。
「ここで簡単に判るだろうけれども、殺意と悪意は違うモノだ」
「殺意と悪意……ですか?」
 そう、と鼎さんは頷く。
「彼は殺意で自らを殺した。けれども君は悪意で人を殺したんだ」
 唐突。
 いきなり、繋がった。
 茫洋とした断定に、心中を曇らせていると鼎さんは話を続ける。
「人を殺すという行為は、実は特に理由は要らない。社会とか人間関係に無理矢理に動機を見出す事は無意味だ。何故なら、どんな状況であれ殺す時は殺すからだ」
 確かに。俺は突発的に殺した。アイツを、気に入らないからと、ウザかったからと。
「それは殺意とは呼ばない。確かに、世の中に殺意というものは存在するだろうけど、それは殺人という行為に関して、二つの内の一つを選択しているだけに過ぎない」
「それは」
 何を、選択するんだろう。
「明快な事さ。人殺しというのは、『人』を『殺す』んだ。殺意は『人』を、悪意は『殺す』事を選んでいる。境界線が余りにも曖昧だから、時に殺人は単純不可分なものと錯覚される行為なんだ」
 鼎さんは少し間を置いて、俺を、その隠した目線で――見据える。
 理解出来るだろう、と鼎さんは言う。
 出来る。何と無くだけど、解る。
 俺はアイツを殺したけれども、その時に感じていたものは、一つの人間性を消した事じゃなくて、生命を奪った事に関してだ。
 悦び。
 いっそ、快楽。
 興奮していたんだ。
「君は人を殺す事を止められない」
「止めるつもりが無い、ですね」
「人殺し、殺人鬼に社会病質者と名付けて分類する事に意味は無い。そんなものは、結局のところ計れないモノを無理矢理に追い遣る為の便宜に過ぎないんだ。だから、それはそれとして殺人淫楽と言ってしまえば、それ以上でも以下でもない」
 だったら、どうすればいい。
 俺は止められないと自覚してしまった。視えなかったモノを直視出来る様になってしまった。
 止まらなくなる。
「それでいいんだよ」
 予想外に、鼎さんは微笑んだ。
「私は世界が好きだ。色々なものがある、この面白い世界が好きだ。だから私は否定しない。けれども社会はそれを許容はしてくれないだろうね」
 そうだ。そうに決まっている。一番の問題はそこなんだろう。定義された罪には罰が加わる。
「折り合いを付ければいいんだ、マジョリティーと。君は一部にならざるを得ないけれども、向こうは君を排除する。だったら、君は自由にすればいい。文字通り、己を由とするんだ」
「…………」
 あぁ、だったら話は早い。
 俺が求めていた平穏は、飽くまで俺が今まで属させられていた社会の平穏だ。けれども、俺にとっての平穏は、違うモノだった。
 だから、人を殺し続けてもいいんだ。


6/澪の流れ:Side-L

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Memory Isotope 4/鼎立の成立:Side-L

4/鼎立の成立:Side-L


 どうしたもんか。
 人を殺したくなってきてる。
 右目の影響だろうか。あの時から、何だか俺の頭ん中は怪訝しくなってきてる。自活する為にちゃんとバイトに出なくちゃならねぇのに、そんな事どうでもよくなって、優先順位が変わっちまってる。
 嬲り殺したい。
 誰でもいいから殺したい。
 これが最近の世間を騒がす奴等の心境なんだろうか、『ただ殺したかった』とはよく言ったもんだ。成る程、殺意に動機は要らねぇ。よく判んねぇけど理由も無く誰か縊りたい。いやいや、殺し方は関係無ぇか。いっそ、ありとあらゆる方法をコンプリートしたいぐらいだ。ジャック・ザ・リッパー、偉大過ぎるぜ。
 全く、こんな感情は今までに無い。
 この眼のせいで色んな事に遭遇してきたが、流石に今回はヤバい。まさか、殺人を躊躇わねぇってのは、頭がお釈迦になっちまったんじゃねぇだろうか。
「――はぁ」
 溜め息を吐いてみたって、意味は無ぇんだが。
 何か解決策を思い付ければいいのに、全く浮かばん。働け俺の脳細胞。十数年間真面目に使った事が無かったツケかね、錆びて軋んじゃいないだろうか。
 まぁ当然、一番簡単で至極真っ当な答えは、殺す事だ。
 だがそれは却下だろう。
 それをどうにかする為に今、らしくもない懊悩の真っ最中なんだから。
 だからまぁ、俺に出来る事と言えば――先延ばし。つまり街をぶらぶらするしかない。フリーター根性マンセーって感じである。虚しい。
 特にやる事も無いし、眼帯をしっかりと右目に着けた俺は、商店街のアーケードを歩くしかなかった。
 こう暇を持て余す時間が一番厄介だ。生活サイクルの中のエア・スポットなんて笑えやしない。目先に問題があっても無くても、この何とも言えない倦怠感に塗れたところは消えちゃくれないんだから。
 定職に就ければいいんだろうが、生憎俺は一つどころで働ける様な人間じゃない。だからバイト先も転々とするしかないし、社会復帰してから掛け持ちしているバイトの総計からも考えて、そろそろ地元でのバイトは無くなってきそうだ。
 そりゃ、同じ所にまた勤めればいいんだろうけどよ、何回も何回も辞めたり入ったりしてたら採ってもらえなくなる。
 ――あぁ、そっか。
 つまり、街をうろつく俺は目下、仕事先を探すべきなのか。それも俺がずっと働ける様な場所。
 けどそれ以前に殺人の件があるから、あんまり仕事を探したりこなしたりする事に身が入らないのだがねぇ。
「あー……路地裏にでも行ってみるか……」
 どうせ何も無いからと、まだ一度も行った事が無いし。それに、暇とバイトまでの時間もある。このまま行ってみるか。
 我ながら短絡的思考だとは思うが、散歩で街を散策するのは割といい暇潰しになる。何か、やってる事がナルシシズムのロマンチストみたいだが。
 ひょい、と喧騒の減る路地に顔を出すといい感じな具合に人は居ない。正直、夜には何か出てきそうな雰囲気だが、大丈夫。視えない視えない。つーか何も視たくねぇ。夜にここを訪れるのは止めよう。
 少しばかり歩いてみると、店舗の類は殆ど――いや、全く無い。
 思った通りだが、こんなところに店を構えようとする人は居ねぇだろう。殆どが表札付きの家。商店街に近いから、立地条件のいい土地って事で皆家を建ててんのかね。
 やっぱり何も無さそうだなぁ、おい。
 そう思い、踵を返そうとした時。
『お前がアリスか』
 ――声。
 若い女の。
 思わず後ろを振り向いたが、誰も居ない。何処かに人が居るのかと家の敷地にも目を遣ったが人気は無い。代わりに垣根に赤い石の付いた首輪をした――黒猫が居た。
 ちょっと待て。
 誰が俺を呼んだんだ。
 有栖(ありす)ってのは俺の名前だが、俺はこの女みたいな名前が嫌いだから普通は苗字しか教えない。なのに、誰とも知らねぇ奴が何でいきなり俺の名前を呼ぶんだよ。
『お前悩んでるだろう。殺人に関して』
「なっ」
『あたしは知ってる。だから解決出来る方法をあげられるぞ』
 待て待て待て待て。
 何だこいつは、というか何者だこの野郎――じゃなくてこのアマ。
 何で俺しか知らない事をいけしゃあしゃあと宣える。何者だ手前。
 そう訊くと、返答が返ってきた。
『あたしなら目の前に居るぞ』
 目の前って誰も居ないじゃ、
『頭の悪い奴だな。あたしは猫だよ』
 ばっと先刻の方に向き直ると、俺を馬鹿にする様に、にゃあ、と黒猫が鳴いていた。
『あたしは柘榴(ざくろ)。付いてきなよ、問題を解決してやるから』
 化け猫。
 ……どうしようお母さん、化け猫が居るよ。俺はとうとう狂ったか、それともこれは夢でしょうか。あぁしかも、俺には選択肢が無い。差し出された誘いを、断れる理由が見付からねぇ。追い詰められた俺は、藁にでも縋らなくちゃやっていけない。だから、夢現なんか問わねぇでも、ここは、進むしかねぇんだ。
 顔を引き攣らせる俺に対して、その化け猫はにやりと笑って見せた様に見えた。

 垣根をとてとてと歩いていく猫に先導にされるという、意味不明な状況で十分ぐらい歩いていると、猫はぴたりと止まった。
『あそこだ』
 化け猫の柘榴ちゃん(現実逃避したいから親近感の湧く呼び方をしてみている)が言った方には、一軒だけ明らかに浮いている感じの家が見えた。
 屋号なんだろうか、『伽藍の堂』と達筆なんだか下手糞なんだかよく判らない字で書かれた看板を掲げた家があった。いや、字の良し悪しなんか知らないがね、仮にアレが達筆だったとしても、破滅的に浮いている事だけは確かだ。
 ――洋館に和風というセンスが何とも刹那的な気分にさせる。
 小さな、だがそれでいてしっかりとした館という様な印象の家。現代的な造りじゃなく、飽くまで英国紳士を感じさせる様な――というか俺の表現センスも破滅的だな――家だ。アンティークな感じ。
 俺が館の概観をぼんやりと眺めている内に、柘榴ちゃんはさっさと中に入っていってしまった。
 ……えー。いいのか、勝手に入って?
 ここに柘榴ちゃんの飼い主が居るのか、それとも『解決法』自体があんのか。あぁ、糞っ。悩んでも仕様が無ぇんだ。
 意を決してドアの前に立ち、インターホン代わりのドアノッカーを鳴らした。
「…………」
 返事は無い。
 もう一度、ドアノッカーを鳴らした。
〝――どうぞ〟
 ドア越しの、くぐもった声。遠くに居んのか、性別も不明瞭な声の主は客を出迎えには来なかった。
 戸惑いながらも、俺はドアを開いた。

「……趣味悪い」
 もしくは節操が無い。それが中に入って一番の感想。
「これとか何だ……火鉢?」
 玄関先にあったのは、三本足で金属製の釜みたいなもんだった。見た感じでは、中国的な装飾があって、火鉢っぽい。他にもやたらとエキゾチックな物が大量に置いてある。これがインテリアなんだとしたら、そもそもセンスが欠落してるとしか思えん。
「いらっしゃい」
 声のした方を向くと、廊下の奥に一人の女が立っていた。何故か男物のスーツを着てて、長い髪を後で束ねるという恰好。だがそんなズレた事よりも特徴的で印象的なのが――眼。
 目隠しをしている。
 アイマスクで昼寝中って訳でも無さそうだし、どうやら視界を閉じちまう事に意味があるらしい。
「え、と。その、どうも、アンタは――」
「鼎(かなえ)だよ。私の名前は藤堂(とうどう)鼎」
 目隠しをしながらカナエと名乗ったそいつは、まるで周りが見えているかの様にこっちに歩いてきた。
「待ってたよ有栖君」
「待って、た……?」
 そうだよ――何かやけに気安い調子で言ってくる。
「君を連れて来る様に柘榴君に頼んで待ってたんだ」
「柘榴って……あの化け猫ですか」
 化け猫とは酷いな、とカナエさんは肩を竦めた。
「彼女は〝言語活動(ランガージュ)〟する猫。化けても何でもない、ただの会話が出来る猫さ。君だって同じ様に……おや?」
 意味の解らない事を一方的に話していたと思ったら、カナエさんは急に黙り込んだ。
 そして、君は……、と考え込む様にする。
「あぁ――成る程、その右目面白いね」
 また。
 まただ。知られている。
「うん。まぁ、不思議だろうね。驚くのも無理もない」
 しかしどうしたものだろう――カナエさんは呟く。
「識らないとなると、説明が……そうだ。柘榴君!」
 頭の処理が追っつかないで俺が茫然自失としていると、呼ばれた柘榴ちゃんが、奥の部屋から現れた。
『呼んだ、カナエ?』
「うん。どうやら有栖君はね、右目に問題があるみたいなんだけど、それの元々の持ち主じゃないみたいなんだ。だから一から教えようと思って」
 柘榴ちゃんは、少し面白く無さそうに――そう見えただけだが――してから、部屋の方に戻っていった。そこには、机と椅子。その上に黒猫さんは鎮座坐(ましま)した。
「ちょっと、話をするのに上がってもらっていいかな?」
 何か、一方的に巻き込まれているだけの気がしてきた。
 俺は何処か釈然と出来なかったが、渋々としながらも奥へと一歩を踏み出した。
 洋館と合わせたものなのか、机と椅子もアンティーク調だ。俺は柘榴ちゃんを間に挟み、カナエさんの対面に座った。
 さて、とカナエさんは言った。
「君の眼だけれども、それには名前がある」
「名前……ですか」
 はぁ、と答える以外に無い。何のこっちゃ。
「先刻、言っただろう? 柘榴君は〝言語活動(ランガージュ)〟する猫だって。同じ様に私は〝天啓の万象(グノーシス)〟を持ってる」
「…………」
 いや、だから何の事だよ。
「簡単に言えば超能力だよ。細かい事は省くけど――まぁ、そういうのを持っている存在が居るという程度の認識でいいや」
 まさか、自分が特別だと思っていた訳じゃないだろう? と、カナエさんは見透かす様に微笑った。
 確かにそうだ。
 俺は事故ってから右目が視える様になった訳だが、それにゃあ原因が無かった訳じゃねぇだろう。だから、今まで出会わなかったってだけで、他に似た様な奴が居たって不思議じゃなかったんだ。
 初めて遇ったのが、こんなんだったってだけで。
「また随分な言い種だね」
「うぇっ?」
『カナエ、こいつはまだカナエの能力が解ってないんだから付いてけないよ』
 あぁ、ごめん――カナエさんは、あはは、と苦笑した。
「柘榴君の能力は判っているだろうけど、『話す』事だ。それで私の〝天啓の万象(グノーシス)〟は『識る』事が出来る」
 識る。
 文字通り、言葉通りだろうか。
 だとしたら今までの事に、納得は――いく。
「うん、助かるよ。どうも私は能力のせいか説明が下手で」
『関係無いよ。カナエの自己完結は性格だ』
 ぺろぺろと自分の前足を舐めながら柘榴ちゃんが呟いた。
「あ、そういう事を言うか君は。もう遊んであげないぞ」
『…………』
 にゃー、と寂しそうに柘榴ちゃんは鳴いた。反省したらしい。
「嘘だよ。私だって君が居ないと寂しいんだから」
 笑いながらカナエさんは柘榴ちゃんの喉を撫でた。柘榴ちゃんはごろごろと気持ち良さそうな声を上げる。
「さて、君の能力だけれども」
 カナエさんは柘榴ちゃんと手で遊びながら、言った。
「それの名前は――〝忘却の澪(レテ)〟」
 静かに、けれどもはっきりと言う。
「それは『過去に触れる』事が出来るんだ」
 過去に触れる。
 だからか。
 だから俺は殺したくなるのか。
「そうだよ。そしてそれを私は解決出来る」
 さぁ、どうする有栖君――カナエさんは試す様に微笑う。
 何度も考えないでも解っている。
 俺は、選ぶ。
「――判りました。殺人について、聞いて下さい」


5/『殺人』講釈:Side-M

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Memory Isotope 3/ブラックお悩み相談:Side-M

3/ブラックお悩み相談:Side-M


「人を殺したぁ?」
 素っ頓狂なその声に俺は首肯した。
 大学の食堂で、不味い飯の箸を止め、友人の横戸縦(よことよしや)は俺を怪訝そうに見る。
「おいおいツッチー。いきなり何を言い出すんだよ。とうとうクスリやり過ぎて頭が打っ壊れたか?」
「物騒な事言うな。俺は別にクスリなんてやってないし、まともだ。しかも何だツッチーって」
「己(つちのと)って呼ぶの面倒臭ぇんだよ。ってか物騒なのはどっち? 人殺しとかこんな公共の場所で言うのって頭悪いよー」
「別に誰も聞いてないだろ。大体、まともに聞き耳立てる奴が居るかって」
 それもそうだな、と横戸は箸を動かし始めた。
「で、何で殺した? つーか誰を?」
 こいつは俺の言葉を疑う気が更々無いが、責める気も無い。変人だ、数少ない友人の中での変人だ。
「駒崎を殺した」
「駒崎、ねぇ。そう言えば最近行方不明になってたっけか。あぁー、この前繁華街の路地裏で見付かった身元不明の男性の死体ってアイツか?」
 横戸は記憶を検索する様に食堂の天井を見上げてぼやく。全くどうでもいいといった様子だ、興味が無いんだろう。こういうところが、俺とこいつが友人関係を作れている所以か。互いにある程度のところまでしか踏み込まない。『友人』という笑える他人との繋がりを、さばさばとした調子で捌ける事。実際、直面してしまえば互いに捨てる事を厭わないと解っているから築けるモノだ。
 信頼も信用も無い要素。
 中々どうして理想的な関係だ。剰え、こいつは色んな汚いところに顔が利く。だからこそ、万が一にでもこいつが俺を警察に売ったりする事は無いと、容易く犯罪について語れる。何故なら横戸は警察が大好きだが、警察はこいつを毛嫌いしているから。
「ウザがってたのは知ってたけど、殺すかい普通。というか、そんなヘビーな話オレにしないで。法治国家の国民としては、警察機構に連絡しなくちゃならんよ、そしてテレビでオレはこう言うだろう。『いえ、真面目でいい奴でしたよ。あいつが人殺しなんて信じられません』。顔にモザイク、声はヘリウム持参で変えてやろうか」
「後付の印象と心象程当てにならないものは無いだろうが」
「そりゃご明察な事で。ま、オレは警察に嫌われてますがね、先天的に」
「後天的だろ、完全犯罪者の癖に」
 因みに、これは『完全犯罪』者という意味ではなく、『完全』犯罪者という事だ。反則者でも可。こいつはそろそろ刑務所に打ち込まれてもいい頃合な気もする。
 犯罪行為に関して反省する気が無い人種なんだろう。寧ろ、自分で決めた一線以外は何でもするんじゃないだろうか。真性の犯罪者だ。パーフェクト。
「で、何? まさかオレに殺人の処理を頼むんじゃないだろうな、断るぜ」
「処理は頼まない。もう手遅れだし。俺は人を殺しても平穏に暮らす手段が欲しい」
「何だそれ。修羅場を潜った犯罪の先輩に頼み事って訳か? 己(つちのと)、お前勘違いしてるって。オレは法を犯すのが趣味じゃねぇんだ。たまたまやりたい事が犯罪になってんだ。だから殺人じゃあ、余りにも一足飛び過ぎる。俺のキャパを越えています」
「キャパは無くてもコネはあるだろ」
 ん、んー、と変な声を出しながら、横戸は箸で食器を叩いた。行儀が悪い。
「あるけど、一つだけだな、教えるとしたら。正直、巻き込まれんの嫌。勝手に死んでくれって感じだから。それでもいいなら教えるけど」
 この正直者め。次はこいつを殺してやろうか。
「何でもいい」
「わぁ即決? そりゃ凄い、相当切迫してるな。まぁ誰にも迷惑掛からないコネだからいいけどよ。じゃあ、商店街のアーケードの路地裏に入って黒猫を探せ」
「猫? 探してどうするんだよ」
「黒猫を見つけて付いて行けば、後は勝手に目的地に着くからよ。向こうにはこっちから連絡をしておくから。事態は勝手に進行していくぜ」
「…………」
「何だよ、疑ってんのか? 他人の平穏を奪っておいて平穏に暮らしたいんだろ? んな都合のいい願いが簡単に叶う程、この社会はまだ崩れてねぇのよ? だからとどのつまり、結果は手前の能力と責任次第なんだぜ? お解り?」
 人殺しの俺に、犯罪者は皮肉気に笑う。
 道徳に背いている人間と、秩序に背いている人間。一体、どっちがマシなものだろうか。守るべき道理と呼ばれているものには最初から興味が無かった俺だが、意識的に道を逸れている奴よりも、無意識に踏み外している俺の方がまともな気はする。
 まぁ、どうでもいい事だ。
 俺達はギブ・アンド・テイクにも満たない、かったるいだけの関係だ。出すもの頼んで出されたものを貰う。そもそも互いに無償なんて考えてないんだから、対価は自然と何処かから出ている。
「解ったよ。お前の言う通り、猫を探す」
 この話で、何の利益も無い横戸が俺に求めている前提は一つだけ。
「どんな事になっても、俺のせいにすればいいんだろ?」


4/鼎立の成立:Side-L

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Memory Isotope 2/そもそもの端緒:Side-M

2/そもそもの端緒:Side-M


 何で俺はあいつを殺したのだろう。
 ふと、考え込んでみる。
 確かに、俺はあいつが嫌いだった。しかし殺意を抱いて行為に反映させる程のモノでは無かったと思う。あの時は、どうかしてでもいたのだろうか。
 いや、特別な状況というものを想定する事に意味は無い。それを言ってしまえば、どんな事でも『特別だから』と括って逃げ切る事が出来てしまうから。だから、やっぱり俺はあいつを殺したくて殺したんだろう。
 殺ってみた後は、案外に心は正常だった。
 我ながら不思議だとは思う。常識的に考えて、人を殺せば怯えるなり悩むなりするのが普通だろうから。『デスノート』だって、主人公は最初は人を殺す事に関して精神が磨耗していた。
 でも俺は違う。
 寧ろ楽しかった。一方的にあいつを肉塊にするのは、ただただ愉しかった。自分が『人間』という生物をぐずぐずにしている。蟻を靴の裏で擂り潰す様に。無心の背徳で、享楽から背筋が伸びて余計に身体に力が入っていった。
 うっかりしていると、また……誰でもいいから殺りたくなる程に。
 どうしてこんな風になったんだろうか。世間で騒がれたりする殺人鬼だったら、普通は端から何処かで怪訝しいところのある社会病質者の筈だ。自分でこんな事を言うのも変だけど、俺は普通な人間だ。
 狂人は自身の狂気に自覚が無いとはよく言うけれども、俺は知り合いとのコミュニケーションは取れてるし、変な性癖も無い。マスターベーションだって健康的だ。そんな明ら様に変態っぽいところは無いし、言われないし、思い付かない。
 …………、考えても仕方が無い。
 俺はあいつを殺したけど、別に社会的にもあんな奴が死んで困る奴も居ない。泣く奴は居るだろうけど、正直どっかの誰かの悲哀なんて知ったこっちゃない。被害者に共感して世間が俺を責め立てるなら、同じ様に戦争を止めて来いって話だ。他人への同情は、ユニセフに募金してボランティアに心血注いでから始めるべき。ノーベル平和賞が何で凄いか皆知らないのだろうか? 全く、正しい感情は往々にして偽善に摩り替えられるから困る。
 まぁ、唯一のしこりは警察の捜査だ。
 あの日は雨だったし、場所も場所だったから証言も証拠も殆ど役に立つ様なモノは無い筈だ。あいつに遇ったのも偶然で、狙ったものじゃないし、殺したのも突発的なものだった。それに現場に俺という顔見知りっぽい痕跡がある訳でも、俺を特定出来る物証を残した訳でもない。
 たまたま、外をぶらぶらしている時に、俺はあいつのへらへらした気色の悪い横顔を見て打ち殺しただけだから。思うに、単純にウザかったんだろう。生理的に。
 しかしまぁ、今回上手くいった事を考えると、存外に人を殺すのは簡単だ。まだ日も経ってないから、これからあいつを殺した事がどう展開するかは判らないけど、十中八九心配は要らないと思う。ただ今後の事は、保険としてしっかりしておきたい。
 そうだ。
 ちょうどいい奴が居るから相談をしよう――次に、誰かを殺す時の為にも。


3/ブラックお悩み相談:Side-M

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