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4.世界一

4.世界一


「あの、佐渡さん」
「何かしら真麻君」
「椅子、使わない?」
「使ってるわ」
 授業の道具の準備を頼まれてるからと、資料室に付いて行ったぼくは、佐渡さんに問い掛けたところ即答された。
 佐渡さんは資料室に来るや否や、棚の上にあるものが必要だから、それを取る為に手伝ってという旨の話をしたので、ぼくは了解の返事をしたところ何故かそのまま背中を足蹴にされた。
 つまり、

      [目標物]
佐渡さん→ ○//
        |
         //
     _| ̄|○ ←ぼく

 こうなっている。
 先刻の問答は意味はというと賢明な方なら、ぶっちゃけ説明しなくてもいいだろう。というよりも、お願いだから自尊心というものがぼくに許されるのならば、文章化というプロセスを通してこれ以上の微に入り細を穿った説明をする事で、状況を詳らかにそして鮮やかに、ぼくの押しの弱さを披露する事は回避したい。
 そして名誉の為に言っておきたいのだが、椅子はある。椅子(ぼく)ではなくて、ちゃんとしたパイプ椅子、望むのならば机を動かして更に条件を良くする事は他愛も無い。
「あの……せめて靴を脱いで頂けませんでしょうか」
「何故? 何でそんな七面倒臭い事をしないといけないのかしら、履いたままの方が荷物を取ってすぐに降りられるじゃない。それに、重いものを持って足元が定まらないまま靴を履けと言うのかしら真麻君は」
「あ、はい。済みません。ぼくが悪かったです」
 何かもう駄目です。反論する事すら意味が無い気がします。あと、口答えする事に対する罰なのか、革靴の踵で背中を躙られて地味に痛い。せめてこれが靴ではなくて足の裏だったなら女の子に足踏みマッサージされてる中々のシチュエーションとして脳内変換で乗り切れたと思ったんだけれども、うどん作り並に踏まれているのが現実です。
 佐渡さんは暫く棚の上の荷物と格闘していて、たまに「んっ」と力を込める声が聞こえてきた。結構可愛い。普段の硬い口調とのギャップがこれまたどうしてそそられるものがあるのだけれども、自分が椅子にされている事を三秒毎に床との睨めっこのせいで思い出して我に返させられる。
 漸く道具を取れたのか佐渡さんはぼくの背から足を下ろすと、一息吐いて座った。
「…………」
 ナチュラルに座られた。
 いや、いやっ。確かに先刻よりも随分マシな状態にはなったし、柔らかいお尻が背中に当たっていてスカートの布地越しに体温が伝わってくるのは結構、えも言えぬ気持ちよさがあるのだけれども、適度に苦しくない重さがまた前の背中の痛みと比べると楽な感じが。
 あぁそうだよ! 間接的とは言え女の子の身体が密着しているのは悪い気はしねぇよ!!!
 駄目だ駄目だ。何だかヒトとして超えてはならない方向に傾き始めている気がする。心はもっと大切に扱おうじゃないか。簡単に折るのは良くない。
「佐渡さん、荷物取れたならもう椅子は要らないよね」
「……怪訝しいわ。椅子が座られる事に不平を鳴らすなんて」
 はっはっは。
 最早この時点でぼくは人間よりも椅子としての用途の方が上らしい。
 というか、何でそもそもぼくは彼女に気に入られたのだろう。文句を言わない道具としての才能を見込まれる様な事を仕出かした覚えは無いし……それ以前に今まで佐渡さんと会話した事も殆ど無いよ。
「一つ、訊いてもいいかな?」
「何かしら」
「佐渡さんは、どうしてぼくを選んだの?」
 沈黙。
 また何かすぐに用意された答えが返ってくると思っていたのに、意外にも佐渡さんは少し息を呑む様にしてから、短く嘆息した。
 そして戻ってきた返事は、
「私、苛めっ子だったの」
「……はい?」
「小学校、中学校と続けてね」
 ぼく、どんな質問したんだっけ?
 何でよく判らないカミングアウトされてるんだろう。
「あの頃は楽しかったわ。何も考えないで皆と一緒に特定の人間を泣かせたり、傷付けたりして。学校って便利だと思ったわ、教師は面倒を嫌うから、クラスで一番煙たがられている子を苛める事に誰も文句を言わなかった」
 しかも最低な人間性を吐露されてるんですが。
「でもね、ある時気付いたの。私は周りの子とスタンスが違うって。私だけだったのよ」
「それって、どういう……」
「苛めっ子ガチ勢」
 えぇー……そういう話なの……何かこういい話にシフトするとかそういう転調じゃなくて?
 しかも苛めっ子のガチ勢って始めて聞いたよそんな分類……。
「本気で人が傷つく様を見て喜んでいるのは、私だけだったの。当然、周りの人から見れば行き過ぎに思われて引かれる事も一度や二度じゃなかったわ」
 暗い過去話なんだろうが、余りにも内容が内容で寛容に全容を形容したとしても許容出来るものじゃなくて反応に困る。
「えっとぉ……それがぼくにどう繋がるのかな?」
「高校生になってからは、それが判ったから出来る限り自分を抑えて人間関係が破綻しない様に、精々毒舌キャラで済む程度にしていたのよ。その一年生の夏に、初めて貴方を見たわ。クラスでどんなにイジられても、その立ち位置を嫌がらずに受け入れてる貴方を」
「あぁ……まぁ、確かにぼくはイオとかとツルんでたから、ボケに対するノリ突っ込みに段々と理不尽な対応を求められる様にはなったけど」
 この前とか、その顕著な例だろう。
「それよ。私は真麻君の、どんなに辛い状況に置かれてもそれを受け入れる事が出来る人間性に注目したの。そして、暫く観察してて解ったわ。内心で貴方はそのポジションを愉しんでいると――どんな形であれ、求められる事が嬉しいのだと」
「えっ。ちょ、それって」
「そういう才能がある人間だと、私は確信した。だから、勇気を出して告白したの」
 色々と言いたい事があるけれど、先ず言うべき事はこれだろう。
「ぼく別にそんな被虐体質じゃねぇよ?!」
「本当かしら?」
 嘲笑を含んだ一言と共に、佐渡さんはぼくの首筋に手を伸ばした。そして撫でる様に指を這わせて、耳の裏を突いてくる。
「先刻の事、忘れた訳じゃないわよね? どうして私の言葉に従ったのかしら? どうしてされるがままに言う事を聞いたのかしら? 女の私に抵抗するなんて本当は簡単に出来る筈なのに――」
「それはっ」
 思い出す。
 ぼくは、敢えて――いやわざと言う事を聞いた。
 言葉を続けられない。
「そうよ」
 佐渡さんは持っていた荷物を放して、ぼくの背中に寝そべってくる。真綿で絞める様な優しさでぼくの首に手を回し、覆い被さる様に耳元で囁いた。垂れた長い黒髪がぼくの顔の真横で揺れて頬に当たりくすぐる。
「だから選んだの。だから貴方を好きになったの。見ている内に想いが募ったの。こんなどう仕様も無い私でも、きっと何とかしてくれると思って」
 囁きはもう殆ど息を吐く様な距離で、唇が耳に触れている。首に回されていた手は、気が付くと腕に変わっていて寝転がって僕を抱きしめる様になっていた。
「多分――いえ、絶対、貴方の人生の中で私が貴方を誰よりも考えて見てきたわ。その私が言うわ、貴方を最も大切に好きになるのは私だけよ」
 僕は、振り向けなかった。
「納得してくれたかしら……?」
 最後に、ぼくの耳を食む一言に対しても振り向けなかった。
 暫くの、しな垂れ掛かる抱擁に、ぼくはただ後悔する様に無言で床を見つめていた。

5.透明

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