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3.好奇心

3.好奇心


「ちょっといいかしら真麻くん」
「えっ、あ、うんっ」
 授業の合間の休み時間に、告白(の様なものの筈だ)をされたというのに、今まで特に何も関係に変化が無かった佐渡さんに突然呼び出されて、ぼくは動揺を隠せず吃った。というよりも、あの日の傍若無人な恋人兼下僕宣言の一連の流れにPTSD的なアレっぽい感覚を抱いていたという方が正しいかも知れない。人はそれを怯えと呼ぶ訳ですが、『異邦人』並の理不尽っぷりに曝された後に端的に言えば『付き合え』と脅されたのだから仕方無い。
「おー? 真麻くんってばカノジョに呼び出しですかー!? 妬けますねこのヤロー! 嫉ましいですねこのヤロー! 合わせて嫉妬だこの野郎……!!」
 後ろではイオが煽り立てて騒ぐのだが、ぼくとしてはSHIT。戯言的な意味で。せめてぼくも某作品の主人公みたいな人格だったら良かった。幾らかこの状況に順応出来ただろうに。
 長い黒髪の彼女はそこで軽く首を傾げさせながら、細くしなやかな糸の様な髪を揺らして微笑った。
「ごめんなさいね、五百旗頭くん。ちょっと真麻くんを借りるわ」
 ふわりと。
 信じられない程柔らかい笑顔をぼくは初めて見た。
 そしてその笑顔を見て、ぼくは再度認識した。
 あぁ、やっぱり――あの時、ぼくは彼女に魅せられたのかも知れないと。
「おっ、あ、いや別にオレは」
 佐渡さんに面と向かって話し掛けられたのにイオが動揺すると、彼女は「あぁ、いいわ」と続けた。
「お願い、不愉快だからそれ以上喋らないで。私の恋人を辱めようとした人間の口から出る呼吸すら感じたくないの。最早視界に入っている事自体が耐えられないぐらいなのよ、不条理だわ」
「……え」
 思わず漏らした呟きはぼくかイオかどっちのものだったろう。
「せめて貴方の綽名の『爆発呪文』らしく潔く爆心地になって爆散して消えるのがいいと思うわ。これ以上『五百旗頭鬨日出』という人間が空間を占める割合を残しておくべきではないし、社会的にも貴方の様な他人を貶める事を楽しみの一環とする人格者は必要無いわ。要約すると死ね」
「あ、あのっ……その、ごめ」
「喋らないでくれる?」
 ぴしゃりと一言。圧倒的な立て板に瀑布の様な罵詈雑言の前に、ぼくもイオも何も言えずに、寧ろ逆らえる雰囲気ではなく、ただ黙りこくるしか無かった。
「じゃあ、付いて来てもらえるかしら真麻くん」
 当然の様にぼくは無言でこくりと頷くだけで、ただ言われるがままに追従するしかない。廊下に出て少し歩いていると、ケータイにイオからメールが届いた。
『(´・ω・`)』
 返した。
『カワイソス(・ω・`)』
 そりゃあ、誰だってアレはへこむよね……泥濘に打たれる杭の様に沈んでいくというか潜っていく様なイオを、見てるぼくの方がへこみそうだったもん。あの沈みっぷりって言ったら隣で見てて土遁の術かよってぐらい見事に目で判る程のものだったし。
「真麻くん」
「はっ、はひっ?!」
「何やってるの? ちゃんと付いて来てよ」
「あ、うん。ご、ごめん……」
 ケータイを弄って立ち止まったぼくに佐渡さんは気付かなかったらしく、大分先の方で待っていた。慌てて小走りで駆け寄ると、彼女は歩き出さず無言でぼくを見つめてくる。
「…………えっと」
 怒ってる、のかな?
 表情の変化が少な過ぎて顔から彼女の機嫌を読み取れない。ただ、この雰囲気と何も言わない圧力からすると、怒っているというのが一番近い様な気がする。
「ご、ごめん。佐渡さん」
「……ねぇ、真麻くん」
 すっと、彼女は手を出して指先でぼくの胸を軽く突いた。
「私が今、何て言ったか訊いてた?」
 お、怒ってるよこれー!! だってぼく全然何も聞いてなかったもんねー!!
 でも正直に「いいえ」なんて答えたら何をされるか判らないし、詰られるだけなら兎も角暴力は嫌、痛いの反対。
 と、取り敢えず適当に話を合わせて何とかしよう。
「う、うん。訊いてたよ」
 佐渡さんはずいと指先でぼくの身体を押した。されるがままにぼくは壁を背に追い詰められる。彼女の細くて白い脆そうな指が、磁石の反発の様にぼくを後ろに歩かせた。
「私何も言ってないわ」
 嵌められたぁー!? っていうか墓穴掘ったあああああああああ!
「酷いわ、嘘を吐くなんて」
 爪でなぞる様に彼女はつつ、と指を胸に這わせて掌をぼくの心臓の真上に当ててくる。彼女はそのまま上目遣いで下からぼくの顔を覗いてきながら距離を詰めて来た。
 いやでも先に嘘を吐いたのはそっち、等と反論する勇気がぼくにある訳も無く、彼女の薄い唇を間近に見ながら次の言葉を阿呆の様に待つ。
「貴方は私の下僕で、恋人でしょう?」
 息が当たりそうな――いや息は当たっている。彼女の髪が揺れている。そんな位置で、ぼくはこれから佐渡さんの行動が読めない事よりも、目の前の女の子の匂いで心臓の音が大きくなっている事が、彼女の手に伝わってしまわないかと、何故か緊張していた。
「それなら、“らしく”する様に努めるべきじゃない?」
「う……ぁ、その」
 心臓が。
 血流が。
 汗が。
 ぼくは。
 ぼくはぼくはぼくは。もしかして、興奮してないか?
 背徳的な彼女の言葉に、責める彼女の態度に、酷い言葉を突き付けてくる、すぐ傍にある彼女の柔らかく小さな艶やかなピンク色の唇に――悦んでないか?
 興味が出てきてしまった。
 このまま、素直に佐渡さんの言う通りにすれば、彼女はぼくに何をしてくれるのだろうと。この後に何が続くのだろうと。
「は、い……済みません、佐渡さん」
 ぎりぎりの理性で目を逸らしながら謝罪すると、確かに彼女は微笑った。ふふ、と婀娜な吐息を吹き掛ける様に微笑った。そして、彼女の掌から一瞬震えが伝わって来たのをぼくは感じた。
「よく出来ました」
 言うと、佐渡さんはぼくの襟元を掴んで無理矢理引き寄せると、キスする様にぼくの下唇を甘噛みした。
「ん……」
 少しだけ、呻く。
 僅かに唾液が糸を引いて、彼女の身体が離れた。
「先生から次の授業の準備を頼まれてるの。真麻くん、手伝ってくれないかしら?」
 彼女は何事も無かったかの様に言って、ぼくも何事も無かったかの様に答える。
「……うん、判ったよ」

4.世界一

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