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7.扉

7.扉


 今日は、活発系妹属性美少女の真麻唯維です。
 突然ですが、最近わたしには悩みがあります。それは、兄の様子が変わったという事です。
 今まではわたしと兄の仲は、普通の思春期の兄妹らしく「妹うぜぇ」・「兄うぜぇ」と言いつつも割と家では普通に会話をする険悪な様で、家族的繋がりにより良好な関係が保持されているな間柄だったのですが、どうにも近頃の兄は怪訝しいのです。
 何やらやたらと疲れて高校から帰ってきたり、かと思えばそれなりに高校生活を楽しんでいる――というよりも、寧ろ何か充実している要素を得た様な振る舞いを見せるのです。
 今までは土日の休みには、自宅に友人のイオさんと遊んだり、イオさんと出掛けたりと男友達との付き合いが多かった筈なのですが、その回数が極端に減っています。イオさんが家に遊びに来ないとわたしも寂しい限りです。
 そこで、気になったわたしは調査を決行する事にしました。
 方法は極めて常識的な思考で辿り付くものをチョイスしています。
「お母さーん、兄上のケータイ知らなーい?」
「はぁ? 何で貴方が安孝のケータイ探してるの」
「わたしのケータイ鳴らそうと思って。お母さん、ケータイ持たない主義だし」
「お母さんはケータイが何処にあるかなんて知らないわよ。部屋にでも置いてあるんじゃない?」
「判ったー」
「ちゃんと安孝に借りるって言いなさいよ」
「はーい」
 ちょろい。
 母はケータイに対して無頓着なのでプライバシーやそう言った面の問題はスルーすると思った。
 と、言う訳で兄の部屋に来ました。勿論、兄が母のお遣いでケータイを持たずに出掛ける可能性が高い事は事前調査済み。
 さぁ、思春期の男子高校生の部屋へレッツゴー。
 妹が兄の部屋に忍び込むって、何だか背徳的。いいシチュだ。
 ケータイは労せずして見つかりました。机の上に放置。早速メール履歴を確認。あぁ、何かイケナイ事しているせいか、つい息が荒く。いつ兄が帰ってくるか判らない緊張感でケータイを操作する手が震えます。
 メールの受信ボックスの中身はイオさんが多目。途中から顔文字だけで会話してやがるこいつら。萌えるじゃねぇか。
 何件か会話を漁っていると、殆どが知っている人、もしくは近所の幼馴染か小学校からの付き合いがあるわたしも顔見知りの面々。一体何が兄を変えたのでしょうか……?
 と、そこで一つの名前が目に留まりました。
『佐渡真子』
 誰だこいつ。知らない女だ。
 受信履歴を見てみると、件数こそ少ないですが、最近からメールの遣り取りをし始めたのが判ります。そして送られてきたメールを一件、妙な確信めいたものと一緒に恐る恐る開いてみると、

------------------------------------
|Re:
|真麻くん、ひよりの事は適当に無視しなさい。
|あの子が何を言おうが、当然貴方は私の恋
|人で下僕なのよ。
|私の貴方への愛は揺るがないし、貴方の私
|への愛も揺らぎようがないんだから。
------------------------------------

 ……愛、だと……?
 これは、間違い無く……『恋人』という奴でしょうか。
 兄が。
 知らない間に。
 恋人を作っていた。
 突然、寒気と共に先刻までの緊張とは違う震えが身体を襲いました。
 そんな、まさか、兄が毎日疲れながらも楽しそうに高校から帰ってくるのは、恋人が出来たから……?
 いえ、寧ろそれが得心の行く答えでしょう。全て辻褄が合います。イオさんと遊ぶ回数が減ったのも、それで納得が出来ます。この恋人の『佐渡真子』とやらに逢っているからに違いありません。
 許せない。
 兄が女と付き合うなんて。
 そんなの、わたしが楽しくない。嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ!!
 兄が付き合うべきなのは、こんな女じゃなくて――
 がちゃり。
 その時、扉の開く音がしました。
「あれ、唯維?」
 振り向くと、兄が怪訝そうにわたしを見ていた。

8.他人事

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6.手袋

6.手袋


 一日の授業が終わって、掃除当番だったぼくが掃除を終えて帰ろうとしていた時だった。
 佐渡さんは先に帰ってしまった様なので(一緒に帰ってくれる気配すら見せなかった)、一人寂しく帰路に着こうかと思っていると、教室を出たところで「あっ」と誰かが声を上げた。
「えっと、真麻安孝って貴方?」
「あ、はい。そうですけど」
 知らない女子だ。
 肩口で揃えた髪に、赤いカチューシャを付けた大きい眼の女子。何処かで会った事があるのかなと思ったけど、全く思い当たらなかった。
「あたしは二年生の風紀委員の空弦ひより。ちょっと貴方に用があるの、今大丈夫?」
 風紀委員? 何でまた……ぼくはこれでも自慢じゃないが毒にも薬にもならない人畜無害な普通の男子高校生を自負しているのに。
「貴方、佐渡真子と付き合ってるわよね?」
「申し訳御座いません」
 深々と頭を下げた。自分でも吃驚するくらいの社会人並の四十五度の謝罪。
 何はともあれ佐渡さんの名前が出た時点で謝っておいた方がいいと、ぼくの脳回路が弾けた。恐らくは佐渡さんが何かしたに違いない。その為の話をカレシ(笑)のぼくに訊きに来たんだろうけど、
「ぼくには佐渡さんについて話す事が出来ません。お役に立てなくて本当に済みません」
 ぼくが知っている事だろうが知らない事だろうが、勝手に話したらきっと佐渡さんがお怒りになるので、ぼくは何も言えないのデス。だけどよく考えてみると、ぼくは佐渡さんについて名前以外に知っているのは太腿の柔らかさぐらいだ。あー……思い出すと、気持ちよかったなぁ、あの膝枕。
「えっ。いや、急に何? 大丈夫、貴方?」
「あ、いや太腿が」
「えっ!?」
 彼女は慌てた様にスカートで太腿を隠す様にした。
「あぁ、いやいや違います!! 何でも無いです!! 見てたとかそういう意味の発言じゃないんです!!」
「…………」
 じっとりと睨まれた。
 そんな。ぼくは人畜無害な男子高校生なのに。
 しかし、最近佐渡さんの蔑みの目に曝され続けていたせいか、女子特有の陰湿な感じがする心に刺さる視線も不思議と辛くなかった。前のぼくだったら多分、やらかしてしまったらそのまま一日へこんで、イオ辺りに『。゜。゜(ノД`)゜。゜。』とか『(´;ω;`)』とかの慰めて構ってちゃんメール爆撃をしていただろう。十中八九『( ゚д゚)、ペッ』って返されるけど。あぁ、思い返すと全くいい友達だな奴は。死ね。
 それはそうと、強くなったんだな、ぼくは……。
 そう考えると、見知らぬ女子の軽蔑が薄く見て取れる視線すらも自分のレベルアップに感じられて気持ち良かった。
 空弦さんは「まぁいいわ」と気を取り直すと、一歩ぼくから離れてから話を続けた。
「今日貴方のところに来たのは、佐渡真子について訊きに来たんじゃないの。寧ろその逆、貴方に忠告しに来たのよ」
「……忠告、ですか?」
「そう。あと、何で敬語なの? 同じ二年生なんだからタメ口でいいのに」
「あ、うん。そうだね、何かその場のノリで……」
「あはっ。何それ、変なの。あ、それより忠告よ忠告」
 彼女は軽く笑うと、脱線し掛けた話を元に戻し、こほんと一度間を取る様に咳払いをした。
 そして言う。
「佐渡真子とは別れなさい」
 は?
「これは最初で最後の忠告」
 え?
「碌な事にならないって、断言出来るから」
 言いたかった事はそれだけ、と空弦さんはくるりと背を向けて、呆然とするぼくを置いて去っていった。

「――って言う事が昨日あったんだよね」
 昼休みに「お弁当食べましょう」とまた佐渡さんに誘われたぼくは、前と同じ様に嬉々として屋上に一緒に来ていた。昨日の出来事を話す機会だと思い、空弦さんに言われた事を話すと彼女は足を組みながら「ふぅん」と特に興味無さそうに応えた。因みにぼくは隣に座る事を許されず、目の前で地べたに座る形になっていた。この程度の扱いはもう余裕。慣れだよ慣れ。
「で、佐渡さん何か知らない?」
「知らないわ」
「空弦ひより、って名前も?」
「知らないわ」
「でも風紀委員が口出しする事じゃないよね?」
「知らないわ」
「先生とかも関係してるのかな?」
「知らないわ」
「ぼくの妹の名前は?」
「唯維」
「教えてないよ?!」
「知ってるわ」
「怖い! 怖いよ佐渡さん!」
「そんな事より」
 そんな事って。情報化社会でぼくの個人情報が守られてない事がそんな事って。
「真麻くん、私、今の話で貴方に一つ言いたい事があるの」
 佐渡さんは足を組み直して、前屈みに顎を乗せた手の甲を膝で支える。表情は変わっていないけど、明らかに雰囲気が変わっていて機嫌が悪くなっているのを表に出したのが判った。
 あ。
 やばいこれ。
 不条理が来る。
「え、ええっと何でしょうか佐渡さん……」
 何が悪かったんだろうか。空弦さんの話をする時は最大の注意を払って、佐渡さんの機嫌を損ねる部分はカットしつつ話の内容が伝わる様にしたのに。
「貴方、私の下僕の分際で何を勝手に頭を下げているの?」
 そこですか。
 佐渡さんについて問答無用で謝った事は喋らずに、普通に質問に答えられなくて軽く頭下げただけって説明したのに、そこですか。
「いや! だって、違うんですよ、人間的に普通の対おっふ?!」
 今日は顎を蹴り上げられました。
 幸いな事に舌は噛まずに済んで、ぼくは仰向けに倒れた。ぐわんぐわんと揺れる頭で頑張って顎の位置と歯に異常が無い事を確かめてどうにかこうにか起き上がる。
「口答えは認めてないわよこの愚図」
「も、申し訳御座いません……」
「判ってないわ。何も判ってないわ。貴方は自分の立場をこればかりも把握していない」
 佐渡さんは立ち上がり、ぼくの前まで歩いてくる。
「私を恋人として付き合いながら他の女子と話をするところまではいいわ、認める。けれども、主従がはっきりしている相手が居ながら、それ以外の人間に頭を下げる? 言語道断よ、この屑」
 あー、スイッチ入ってるー。超楽しそう。普段は絶対見せない可愛い笑顔になってる事気付いてるのかなぁ、佐渡さん。
 でもこの笑顔を知っているのはぼくだけで、独り占め出来ているっていうのは、それはそう悪くない気分なんだよだなぁ。暴力には反対したいところだけど、本気でやってきている訳じゃないし、嫌われているからって訳じゃないから、それを考慮すればまぁ耐えられるかな。
「えっと、許可を取ればいいんでしょうか……」
「許可? そんな訳無いでしょう」
 佐渡さんは更に歩いてきて、ぼくの足の間に爪先を割り込ませてきた。ぼくの身体を跨がずに近付けるところまで近付いて彼女は続ける。
「懇願から始めるべきよ。哀れな塵なんだから、そのくらいしないと駄目よ」
「……以後気を付けます」
 今後、こうやってぼくの知らない新ルールが随時追加されていくのだろうか。男女交際ってこういうのだったっけー……最悪、お互いに付き合う上での取り決めをするとしても、ぼくと佐渡さんの場合(一方的に)主従関係だしなぁ。
 あぁ、出来る事ならいちゃつきたい。
「で?」
「え?」
「それで、どうこの落とし前を付けるのかしら?」
 そう言いながら佐渡さんは膝を落とし、目線をぼくと同じ高さにして続ける。
「勿論、それなりの誠意のある謝罪を見せてくれるわよね……?」
 じっとぼくの眼を見つめながら、彼女は掌で軽くぼくの腹を押してきた。その手でなぞる様にあばらまで指先を遊ばせて、ぼくの肋骨の隙間を見つけると、そこに軽く押し込む様に力を込める。
「……っ」
 くすぐったい様な痛い様な感覚に僅かにぼくが身じろぐと、佐渡さんはうっとりと愉しむ様な顔で、一段ずつ階段を登る様に指を肋骨に這わせた。最初は片手でしていた戯れを彼女は途中から両手で始め、ぼくの身体で、反応で、表情で愉しむ。やがてその手が肩に辿り付くと、佐渡さんは撓垂れ掛かる様に力を入れて体重を預けてきた。されるがままにしていたぼくは、自然とそのまま押し倒される。
「ねぇ……貴方はどうやって謝ってくれるのかしら?」
 精神的な屈服から来るものなのか、ぼくの口はからからに渇いていて、何かを答えようと舌を動かしたものの、上手く喋れずにただ生唾を飲み込んでしまうだけだった。
 ぼくは。
 ぼくは、ただ、君と居られるなら、それで――
「不純異性交遊!!」
 突然、屋上にぼく等以外の誰かの大声が響き渡った。
「そこ! そこの女子生徒、佐渡真子!! 今直ぐに真麻から離れなさい!!」
 声を張り上げてつかつかとぼく達の許に歩いてきたのは、赤いカチューシャを付けた大きい眼の女子――空弦ひより、さんだった。
「真昼間から学校の屋上でいちゃこらいちゃこらするな!! 不純異性交遊!! 禁止!!」
「は……?」
「あぁ、全く真麻。昨日言ったばかりなのに、何でそう躊躇いも無く佐渡に合ってるの? 貴方馬鹿なの?」
 空弦さんはそう言い放つと、腰に手を当てて仁王立ちする。
「校内で不純異性交遊を発見した場合、風紀委員である私はそれを先生に報告する義務がある。佐渡、貴方がひた隠しにしてきた傍若無人な振る舞いも、本性もこれで全部白日の下に曝される事になるのよ!!」
 自身満々に佐渡さんを指差して言う空弦さん。何か、佐渡さんと知り合いみたいな口振りだけど……。気になって、ちらっと佐渡さんに目を遣ると、彼女はいつの間に立ち上がっていて、
「……誰、貴方?」
 素で困ってた。
 困る佐渡さん可愛い。
「なっ……あたしを忘れたというの?! あたしの十代前半の人生を滅茶苦茶にしておきながら貴方はあたしを忘れたというの!?」
 そして何かキレる空弦さん。ぼく関係無い。
「ごめんなさい、本当に誰か判らないわ」
「ほ、本気で言ってるの……? 本気で言ってるの……!!」
「本気で判らないわ、ごめんなさい」
「小学校、中学校とあれだけあたしの事を陰湿に虐め続けてたのに、忘れた……? ――信じられない、何処まで最低なの貴方」
「あぁ……ごめんなさいね。私、今まで虐めてきた人の顔とかいちいち覚えてないの。飽きたら次の人に集中しちゃって……取っ換え引っ換えで虐めてたから、もしかしたら貴方の事も何回かのスパンで虐めてたかも知れないわね」
 凄く申し訳無さそうに言ってるけど、佐渡さんマジで言ってる事最低だよ……。
「忘れるなんて許さないわよ……あたしの事を思い出しなさい! 空弦ひより!! 小学校時代に『ひよちゃん』なんて綽名で呼んで先生の前では仲良しぶってたけど、帰り道ではいつもの様に靴を隠して泣いて帰るあたしを『また靴を失くしたの? 馬鹿じゃないの』って追い討ちを掛けて、中学時代はクラスの中で巧妙に根回しをしてあたしを常に孤立させて笑いものにしたのよ貴方は!!」
 一気に捲くし立てると空弦さんは肩で息をして、ちょっと半泣きになっていた。昔を思い出してしまったらしい。
 一方、佐渡さんは言われた事を考えて思い返しているのか、暫くすると「あぁ」と手を叩いた。
「手袋のひよりね」
「思い出したのねっ!!」
 空弦さん嬉しそうだけど何か違う気がする。
「それより手袋って……?」
「真麻くん、手袋を逆から言ってみて」
「え? えっと……『ろくぶて』?」
 間髪入れずに胸倉を掴まれて六発殴られた。
「こういう事よ。幼稚園とか小学校の時に、よくやらなかったかしら?」
「……うん、やった様な記憶あるけどさ……口で言えば判るよ……佐渡さん」
 口の中が切れただけで済んだのが幸運なくらい本気で殴られた気がする……。
「だから言ったのよ真麻! そいつとは別れた方がいいって!!」
「無駄よひより。真麻くんは本気で私の事を愛してくれていて、私もまた本気で彼の事を愛しているの」
「あ、愛っ……!?」
「愛しているわ」
「そんな事真顔で二回も言うな恥ずかしい!!」
「ぼくも割と恥ずかしいです佐渡さん……」
「それよりも、随分と変わったわね、ひより。昔の貴方の方が可愛かったわ。虐めがいがある雰囲気があって」
「ふ――ふふふ!! そーよ、あたしは変わったのよ! 貴方に虐められ続けて自分を変えようと夏休みを使ってお遍路もしたし、滝に打たれる事もして、禅寺で修行もしたのよ!! あたしは強くなった! そして変わったの!! 虐められる自分から秩序を守り正す事が出来る人間として!! その甲斐もあって高校に入ってからは風紀委員にもなれたわ!!」
 ……何か台詞にエクスクラメーションマーク多い人だなぁ。
 佐渡さんは特に感想を漏らす訳も無く、ただ「ふぅん」とどうでもよさそうに答えると空弦さんに一歩近付いた。
「それで?」
「だからっ、先刻も言ったでしょう! 貴方の本性を暴く為に」
「それで?」
「え、いや……だから、その。風紀委員としてあたしは」
「それで?」
「いや、えっとですね……佐渡に仕返しをする為に」
「佐渡? 呼び捨て?」
「ひぅっ! さ、佐渡さんに仕返しする為にですね……」
「真麻くん、何でこの娘が虐められやすかったのか判るかしら?」
「えっ、突然過ぎじゃないその質問?」
「判る?」
「いや、判らないけど」
「簡単よ。『名は体を表す』とはよく言ったもので、この娘はね、物凄く『日和易い』のよ――ねぇ、ひより?」
 優しく囁く様に佐渡さんに呼び掛けられると、空弦さんはびくりと身体を動かして、恐怖の対象から目を逸らしていたが、歯を食い縛って覚悟を決めた様に向き直った。
「そ、そんな事は! あたしは修行して強くなったんだ!!」
「嘘ね」
「嘘です、はい……」
 日和った。
「い、いや! でも、修行して変わったのは事実よ!!」
「そうかしら?」
「あ、いえ、そうでもないですね……」
 日和った。
 空弦さんは何度か佐渡さんに日和らされると(変な日本語だな)、耐え切れなくなったのか途中で「くぅっ」と泣きそうな声を上げて走り去った。そして屋上の扉の前に立つと、遠くから威勢よく言う。
「佐渡!! 今日のところは見逃してあげるわ!! だけどね、貴方がもしも他に誰かを虐めようとしているのを見つけたら、この風紀委員の空弦ひより!! 絶対に見過ごさないから!!」
「行くなら早く行きなさい」
「あ、はい……じゃなくて!! あたしは貴方を絶対に許さない!!」
 言うだけ言うと、空弦さんは屋上から去っていった。
 ……で、何だったんだ。本当に何しに来たんだろうあの人は。

7.扉

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9.フラスコ

9.フラスコ


 どうも、久し振りに出番を貰って張り切ってる五百旗頭鬨日出です。
 早速ですが、袖に引っ込みたくなりました。
 何故かと訊かれりゃ答えるけれども、その原因は、
「五百旗頭君、そこのゴミ捨てておいて」
「……うぃっす」
 佐渡嬢と二人切りだからだ。
 オレは機械的に塵取りでゴミを集めて、ゴミ箱に運ぶ。先刻からずっと繰り返しこの動作をしているオレはというと、佐渡嬢と掃除当番でバッティングした訳だった。
 他の男子諸君からは佐渡嬢と二人切りで掃除当番だなんて羨ましいだの、代わってくれてもいいんだぜだの、好き勝手抜かすが(未だに真麻との関係は知られてないらしい)、ところがどっこいオレは佐渡嬢の正体を知ったのでもうガクブルもんです。
 クラスの中じゃ『黒髪』・『寡黙』・『クール』なんて感じのキーワードで高ランク評価をキープしている佐渡嬢だが、しかし如何せん怖いんだよ。
 いやもうマジで怖い。
 普段から無表情なのがまた文学系少女(文学少女ではないらしい)で、トルストイとかドストエフスキーとかツルゲーネフとか読んでそうなイメージとしてまた受けているらしい。何で全部ロシアの作家なのかは知らん。
 だけどさ皆、あの人面と向かって「死ね」って言うんだよ? 「死ね」って? しかもそれで傷付くと悦ぶの。喜ぶんじゃなくて悦ぶの。頭怪訝しいよあの人絶対。上手ーく猫被ってるのか何なのかは知らないけど、少なくとも他人の前で同じ様な事してなかったし、オレだけあんな態度取られるの。
 真麻は真麻で「慣れればエロいよ?」とか訳判んねぇ事言ってて、特殊な性癖みたいな頼りにならん事言い始めてるし、末期だ末期だ。あいつはもう手遅れだ。
 んで、本日掃除当番代わりたいという方々に、じゃあ是非とも代わってもらおうと思ったらさ。
「…………」
 って、無言で三メートル横から睨んでるのあの人。無言の圧力って普通さ、対面で会話してる人にするものだよね、横からやられるなんてオレの人生で初体験だよ。それにオレは屈して放課後残った。
 当然ながら『これは明らかに何かされるであろう』という覚悟を持って、オレはずっとビクビクし通しのチキンハート。近寄られるだけでビビる。
 だが、
「あとは机を戻すだけね」
 予想に反して、
「そこ少しずれてるわ五百旗頭君」
 何かする訳でなく、
「これで全部終わりね、帰りましょうか」
 佐渡嬢はさらりと掃除を終えた。
 ……あれ、マジでノーイベント?
「じゃあ、私は先に帰るわね」
「いやいやいやちょっと待って佐渡さん!!」
「何かしら」
 何でしょう。
 思わずノリで引き止めてしまったけど何も無い。佐渡嬢はオレが何か言うのを待ってじっとこちらを見ている。あれ不味くね、自分で死地を作っちゃったよ。
「早くしてくれないかしら」
 少し苛立っていらっしゃる様にも見えるし、何か適当に話題を繋いで急場を凌ぐしか無いか……
「あの、さ。佐渡さんは何で真麻と付き合おうって考えたん?」
 うん、まぁ、割と気になってた事だし嘘じゃないからいいとしよう。
 オレの問いに佐渡嬢は、ほんの少し首を傾げると教室の中に戻り、適当な椅子に座った。
「ホムンクルスって、知ってるかしら五百旗頭君」
「え、『からくりサーカス』でなら」
「まぁ、それでもいいわ。出来るなら『ハガレン』の方がよかったけど」
 意外と漫画読んでるんですね佐渡嬢。
「で、それが何か?」
 全然話題と関係無い様な気が。
「フラスコの中の小人」
「はあ?」
「ホムンクルスの事よ。狭い狭いフラスコの中でしか生きられない哀れな生き物」
「あぁ、まぁそんな説明してたな漫画でも」
「私にとっては世界はそのフラスコと一緒なの」
「狭いって事か」
「あら、意外と物分りがいいのね五百旗頭君。真麻君はもっと要領が悪いのに」
 まぁ、そこが可愛いんだけどね――佐渡嬢は無表情のまま惚気た。意外と、は余計なお世話だっての。だが言えない俺はチキンハートです。そして「だから」と続ける。
「私はフラスコの中で見つけた貴重なものを逃す気は無いの。世界は広いなんて言うけれど、実際は限定的よ」
 自嘲しているのか、それとも冷笑しているのか馬鹿にしているのか特に意味は無いのか、佐渡嬢は薄く微笑う。
「その貴重なものが真麻? 別に何処にでも居る様な奴だとは思うけどなぁ、大袈裟じゃね?」
 言ってから、うっかりと普段のノリで適当に適当な事を言ってしまった事に気付いて、オレは慌てて「あ、個人的な見解です」と付け加えた。
 だが佐渡嬢は特に気を害する訳でもなく、椅子から立ち上がった。思わずそれに反応してオレは少し距離を取る。
「それよ、五百旗頭君。貴方のその態度。殆どの男子は私がつい虐めをすると、その後怯える。だけど真麻君は違うの」
 佐渡嬢はそのまま教室の扉に向かい手を掛けた。
「私の世界で見つけた初めての貴重品。それこそ、私を受け容れられる唯一のね。愛が重いと言われても構わないわ、私は自分の小さな世界、せめて気儘に生きたいと思っているから」
「佐渡さん、真麻は別に普通の奴だけど……何か勘違いしてねぇ?」
「それでも別にいいわ。傷付くのは私の勝手だし、傷付けるのも私は楽しいから」
 その一言を最後に、また明日、と佐渡嬢は何も無かった様に帰っていった。
 何だか随分、真面目でどうでもいい事を聞いて、オレは損した気分になった。

10.迷子

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10.迷子

10.迷子


 そう、これは作戦!
 真麻くんをあの悪逆非道な女から救う為の作戦!!
 仮令、真麻くんと佐渡が相思相愛で、その……あ、あい、愛し合っている(やっぱりかなり恥ずかしい!)としても、不幸の権化の様なあの女と関われば、どうなるかなんて判り切っているのだから、それを見過ごすなんて、この空弦ひよりには出来ないのよ!!
 その為に、先ず第一目標として真麻くんとの対話が必要。だけど、学校で真麻くんに接触するのは、かなりの高確率で佐渡が一緒に居る可能性があるから危険だわ。
 別に怖い訳じゃないから。
 佐渡に怯えてる訳じゃないから、あたし。
 ただ、真麻くんに接触して会話をするには必ず佐渡の妨害が入るから出来ないってだけの理由。ホント、汚い女!! あたしの正義を邪魔する悪だわ悪。正に悪役。でも正義は必ず勝つって決まっているのよ。だからあたしの勝利は揺るがない!
 その勝利をこの手に収める為に、何としても真麻くんとの対話は必要不可欠。
 学校では出来ないなら、そうなると手段は一つ。
 真麻くんの家に直接行くしか無いわね。

 そうしてやってきた休日のお昼。
 あたしは見知らぬ町中で固まっていた。
 知らない道に、知らない風景。人の流れさえも慣れない空気で、ここがどんな場所か全く把握出来ない。それは初めて訪れる土地だから当然として、あたしはケータイに映した地図と睨めっこして固まっていた。
 …………ここ、どこ。
 いえいえいえいえ、道に迷っただけで、目的地を見失っただけよ。大丈夫、別に泣きそうになんてなってないわあたし。
 こんな時は、高校生として、大人の対応をすればいいだけ。そう、つまり人に道を訊けばいいのよ!
 ばっと、あたしは辺りを見渡して、道行く人に声を掛けようとする。
「ぁ……」
 すれ違う人は道の真ん中で立ち止まるあたしを不思議そうに見るだけで足早に歩いていってしまう。何だか皆、表情を変えずにせかせかと歩いている。
 ……いえ、ちょっと待ちなさい空弦ひより。駄目よ駄目よ、皆さん忙しいのにそれを邪魔する様に道を訊いてお手を煩わせるなんて良くないわ。別に人見知りだからって気後れした訳じゃないわ。
 それより、大人の対応というのは、道具を扱えてこそだわ。あたしの手に握られているのは何? そう、携帯電話! 今や誰もが持っているアイテム!! こんなに小さくてもインターネットで色々と調べる事の出来る文明の利器をあたしは持っているのよ、それを使えば一人で道なんて判るに決まっているじゃない!!
 この情報社会に生まれてきて情報機器に慣れ親しんできた若者世代が迷子になる? はっ、笑わせないで! このぐらい、少し調べればすぐに判る事よ。別に強がってなんかないから。
 さて、取り敢えず現在地を確認する為に、地図と周りにある何か目印になるものを見比べないと。
 あっちを見て、こっちを見て。
 そして判断する。
 ……そもそもあたし、地図見ても道が判らなくて途方に暮れてたんだった……
 いいえ! へこたれないわ空弦ひより!! こんな時には取り敢えず移動して、もっと判り易いものがある場所に行けばいいのよ!!
 そう、前進あるのみ、真麻くんの家を見つけるまでは諦めないわ。何故ならあたしは風紀委員だから!!

 「やっと……辿り着いたわ……」
 五時間。五時間掛かったわ。朝に家を出て、駅に着いたのが十時ぐらいで、迷いに迷ってお昼になっちゃったから途中でお昼ご飯食べたりしてから、また歩き出して歩き過ぎて気が付いたら別の街に来てたりして焦って引き返したりしたけど、無事に辿り着いたわ……。
 玄関に掲げられる表札には確かに『真麻』の名前。
 実距離は駅から歩いて二十分だったけど気にしないわ。着けば勝ちよ。
 これからはもっと下調べを丹念にしないと駄目ね。真麻くんに道案内してもらえればこんな事にはならなかったのに、これも全部佐渡のせいよ……あの女があたしと真麻くんの接触を邪魔するから、あたしがこんな苦労をする破目に……!!
 まぁ、いいわ。結果が全てよ。あたしはこうして真麻くんの家に辿り着いた。それが全てあたしの正義を証明している!
 ふふん、と何だか気分が良くなってきて、自信満々に真麻家のインターホンのボタンを押した。
 ぴんぽーん、と音が鳴ると、少しして女の子の声がした。
“はい、どちら様ですか?”
 真麻くんの妹さんかしら? まぁ、それはいいわ。真麻くんを呼んでもらうのが目的なのだから。
「あ、あたし、真麻康孝くんと同じ高校のものなんですけど、真麻くんいらっしゃいますか?」
“…………”
「……あの?」
 がちゃん、とそのまま切られた。
 え。
 何で?! あたし何かした!?
 そうやって動揺していると、ドアが開いた。あぁ、何だ玄関に出てきてくれただけなのね。
 話掛けようとすると、ドアの隙間からチェーンロックを付けて、女の子があたしの事を睨んでいた。中学生ぐらいかしら。まぁ、真麻くんが高二だから、大体そんなものよね。可愛い妹さんだわ。
「あ、真麻くんは」
「お前が兄上を誑かした屑か。失せろ売女」
 バタン。
 閉められた。
 ガチャン。
 鍵も閉められた。

 コンビニに買い物に行って帰ってくると、ぼくの家の前に誰かが居た。
 何かする訳でもなく、立ち尽くしている女の子。唯維の友達かな? どうしたんだろう。そう思って話掛けようとして、横顔で途中で誰だか判った。
「空弦さん? 何してるの?」
 訊くと、彼女は振り向いた。
「えっ、ちょ。何で空弦さん号泣してるのっ? 何があったの? って、あぁ! 何でそんな急に全力疾走で!?」
 あ、こけた。
 ちょっとだけ膝を付いて地面を見つめて震えてるんだけど……あ、立ち直った。また走り出した……えぇー、何しに来たんだろう彼女。
 本当によく判らない人だなぁ……。
 その後、唯維から事情を聞いてから、ぶん殴って後日土下座させに行った。

11.階段

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12.境界線

12.境界線


  ……えー。
「来るな! こっちに来るな! 彼がどうなってもいいのか?!」
 よく判らないのですが。
「真麻くんがどうにかなる? 何を言っているのかしら、その前に貴方がどうにかなるわよ」
 恐らくマジ切れしている佐渡さんに、
「……くっ! 状況が解っていないのか貴方は!! ワタシは彼を人質に取っているのよ!?」
 人質にされているぼくに、
「だから言っているでしょう? 貴方は決して、してはいけない事をした、私にとって。その時点でもうアウトよ」
 自称テロリストに占拠された教室。
「脅しでも何でもなく、このナイフは本物だと言っているでしょう……狂っているのか貴方は!!」
 どうしてこうなった。

 その日、ぼくのクラスの教室はざわついていた。
 何故かと言うと、
「なぁなぁ、真麻。今日、転校生が来るらしいぜー? しかも女子! 確かな情報筋によると我が山瀬高校のツートップである才媛美女の簓木鏡花生徒会副会長と、白髪紅眼のサスペンス美少女暁夜鳥と張るらしいぞ!!」
 イオの言の通り、クラスに編入してくる女の子が居るらしい。
 っていうか高校内で確かな情報筋って何だよ。ラノベかよ。しかも校内ツートップ美少女ってアニメや漫画の世界にしか居ないモノでしょ。そんな人が居るなんてぼく初めて聞いたよ。
「あっれー? 何か興味無さ気? けっ、これだからカノジョ持ちは! くたばりやがれ!!」
「何だよその唐突な逆切れ。情緒不安定過ぎるだろ」
「あぁ? 煩ぇな、男子高校生は本来、常に性的に飢えていて憧れと不安に揺れ動く生き物なんだよ!! 三年間しか行使出来ない権利を前にオレ達はどうやったら合法的に女子高生と親しくなれるかを考える為に高校に通ってんだッ!!」
「ごめん」
「謝るなァッ!! 謝ったりするなァッ!! 止めろオレのアイデンティティを一言で吹き飛ばすな!!」
「何か最近テンションずっと高いけど疲れない? どうしたの? イメチェン? 何かのアニメに影響された?」
「煩ぇ!! オレだって必死なんだよ!!」
 うん。
 まぁ、イオが何を言っているかは後半は全く理解出来なかったから無視して。
「何だっけ、転校生が来るんだっけ?」
「おぉ、そうそれ。それそれ。転校生だ!! しかも美少女設定らしいぜ!! これはもう、イオさんとのカップリングが決定したと見て間違い無いですねぇー、ええ」
「躁病なのお前? 発言が支離滅裂だけど」
「だからオレも必死なんだよ!! ……いや、それは措いておこう。いいとして、だ。取り敢えず、普通の男子としてだな、美少女の噂が流れる女子の登場に心ときめくものがあってもいいんじゃねぇ?」
「うーん、まぁそれなりに気にはなるけど。どんな子なんだろ」
「お、いいねいいね。それっぽい会話になってきたじゃねぇか、じゃあここで一つじっくりと会話パートをだな」
「あ、先生来た。イオ、ホームルーム始まるから席に戻れよ」
「チクショオオオオオォォォ!!」
 だから何なんだ先刻から……ここ最近やたらとぼくとか佐渡さんと話す時そわそわしてるし、辺りを見回して落ち着いたり急にテンション上げたり。あんな奴だったかなぁ……あんな感じになったのって、ぼくが佐渡さんと付き合い始める様になってからだけど、訳が解らない。
 ぼくが肩を盛大に落として席に戻るイオを見ていると、担任の森川先生が口を開いた。
「あー、もう知っている奴も居る様だが、転入生が居ます。適当に仲良くしてあげて下さい。あぁー……、先に自己紹介させないとな、順番逆だったわ」
 相変わらず雑だな森川先生……。あんなのが教師で本当いいのか。
 転校生の知らせに対して、クラスの反応はまちまちだった。普通に驚く人も居れば、イオみたいに知っていて今かと待ち構える人。
 ちらっと目を遣ると、ぼくの恋人である佐渡真子は特にこれと言った反応も示さずに、つまらなそうにペン回しをしていた。
 入ってきなさい、と森川先生に呼ばれると「はい」という短い返事と同時にドアが開く。そして中に入ってきた少女の姿を見て、何人かが声を上げた。
 正直ぼくも瞠目していた。
 すらっとした身体に、長い金髪。そして青い目。金髪碧眼という、正にという形容の容姿をした女の子。見るからに外国人だった。彼女はクラスの何人かの目を男女問わずに奪いながら、ゆっくりとした足取りで教卓の横に立つ。
「んじゃ、自己紹介でも」
 と、森川先生に促されて、彼女は軽くお辞儀をして、流暢な日本語で言った。
「初めまして。イングランドのシェフィルードから来ました。ワタシの名前はテロル。テロル・フィナーレです」
「は?」
 そう声を上げたのは森川先生。
 確かに変わった響きの名前ではあるけど、そんなに驚く程のものじゃない様な……というか、先生なんだから先に名前の確認ぐらいしておけよ……。
 と思ったが、どうやら違うらしい。
「いや、お前。名前違うだろ、何だよそれ。確かアビゲイル――」
 言い掛けた瞬間。彼女(テロル? アビゲイル? 一応、テロルという事にしておこう)は、身体を素早く半身に捻って森川先生の顎に向けて腕を振り抜いた。耳慣れない鈍い音がして森川先生の顎が跳ねると、先生はそのまま黙ってその場に膝から落ちる。
 どさり。
 顔面から地面にイった、危ない倒れ方だった。
 足元で大の男を転がしながら、ふぅ、と彼女は安堵した様に胸を撫で下ろした。
「危ないな。ワタシの本名を口にするだなんて。学長から何も聞いていなかったのこの教師は? ここではワタシの名は『テロル・フィナーレ』。“恐怖の終幕”のテロル・フィナーレだと言うのに」
 全員が、暫く動かなかった。
 というよりも、動けなかったという方が正しいのかも知れない。余りにも突拍子の無い状況に、誰も対応出来ていなかったからだ。疑問を呈する様にざわつくだけで、一体今何が起こったのか解っていなかった。
 テロルはクラス全体を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らしてぼく達に向き直った。
「改めて名乗ります。ワタシの名はテロル。“恐怖の終幕”のテロル・フィナーレ。ここ、ヤマセ高校にはとある任務の為に来たわ。だがしかし、貴方達には一切実害があるものではない。普通に高校生活を送る目的以外の何物でもない。ただワタシの正体を探ろうとした者が居た場合はその限りではない事を肝に銘じておいて」 
 ほぼ全員が思っただろう。
『こいつヤバい』
 五分も掛からずに、数十人の人間に同じ印象を与える事が出来るのだから、ある意味で特殊工作員的な特別な訓練的な何かを受けているのかも知れないけれど、如何せん、先生を気絶させたインパクトの方が現時点では勝っていた。
 ぴくりとも動かない先生に対して、クラスの誰一人として『介抱する』という点に思考が回っていなかった。勿論ぼくも含めて。
 自己紹介を終えたテロルは教室に流れる雰囲気を無視して(単純に空気が読めないだけかも知れない)、不思議そうに「それで?」と言う。
「ワタシの席は何処かしら?」

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